「……京さんは殺したい人がいるんですか?」
一颯は無意識にそう呟く。
汐里が顔だけ自身の方へ向けたことで無意識の呟きに気付き、ハッとする。
「す、すみません!刑事にこんなこと聞くなんて――」
「いる、って言ったら浅川はどうする?」
汐里は真っ直ぐ一颯を見ていた。
その目は揺らぐことなくただ一点の、ただ一つの目的を見つめているようだった。
一颯は彼女のことを何も知らない。
彼女自身のことも、何が彼女にこんな思いを抱かせているのかも。
「なーんてな。冗談だ」
「え?」
「こんなことで固まっているようじゃ、まだまだひよっこだな」
汐里は背凭れから身体を起こし、デスクにある捜査資料へ目を通す。
呆ける一颯だが、先ほどの汐里の言葉は冗談とは思えなかった。
しかし、その冗談を真実と言えるほど一颯は彼女のことを知らない。
捜査一課に異動してきて、彼女とバディとなってもうすぐ一月が経とうとしているというのに。
「あの、京さ――」
「京!浅川!」
一颯の言葉を遮るように、赤星が飛び込んできた。
走ってきたのか肩で息をし、顔には動揺の色が見える。
「赤星?どうした、そんなに慌てて」
「高坂要殺害の犯人を名乗る男が出頭してきた……」
赤星の言葉に、汐里は椅子から勢いよく立ち上がった。
高坂要殺害の犯人の目星がついていなかった訳ではない。
それでも、犯人として逮捕するには証拠が少な過ぎて踏みきれなかった。
そんな中での犯人の出頭。
「浅川、ぼさっとするな!行くぞ!」
「え。あ、はい!」
一颯は飛び上がるように椅子から立ち上がると、先に駆け出した汐里の後を追う。
そして、驚くことになる。
出頭してきたのは防犯カメラの映像で被害者に暴行を受けていた青年。
「――俺が高坂を殺しました」
先ほどバー『green』の前で会った傷だらけの青年だった――。