「……ほら、事件が起きた」





一颯は車を運転しながら小声で呟く。
しかし、助手席の汐里に睨まれ、口を閉じる。
彼女があの言葉を口にした時点で、フラグが立ってしまったのだ。
しかも、少々面倒な事件になりそうだ。




被害者は高坂要(こうさか かなめ)(21)。
周囲によれば定職にはつかずアルバイトをし、生計を立てていた。
が、アルバイトとは思えぬほど羽振りが良い男だったらしい。
怪しいところもあるが見たところ、至って何処にでもいる今どきの青年と言う感じの男だ。





死因は現場にいた検視官によれば絞殺。
他殺と見られ、詳しくは司法解剖に回されるようだ。
ただ、腕には注射器の痕があり、覚醒剤の使用が疑われていた。
それに加え――。





「何故、公安が此処に?」





署に戻るなり、汐里が心底嫌そうな顔をする。
汐里は個人的に公安はあまり好きではない。
人の管轄の現場を踏み荒らし、手柄をかっさらわれたことがあるからだ。
優秀なのかもしれないが、やり方ってものがある。





「公安の氷室です。今回の被害者は《七つの大罪》に関連している可能性が浮上している」





公安の刑事、氷室一巳(ひむろ かずみ)が持っていた書類を汐里に手渡す。
七つの大罪とはここ数年の間に新設された宗教団体で、殺人や強盗、ドラッグの密売など黒い噂が絶えない。
噂によれば、政治家の中には七つの大罪の熱狂的な信者がいて、資金援助しているとも聞く。






「捜査に協力しろと?構いませんが、以前のように土足で踏み荒らすだけ荒らして、関係なかったとかは止めて頂きたい」





「ちょっ京さん!言い方!」





「承知した。被害者は《七つの大罪》に関係してる、それは確定事項なので問題ない」





「あっそう」





一颯はハラハラしていた。
何故か汐里はこの氷室という公安の刑事を目の敵にしているように見える。
氷室自身は気にしていないようだが、氷室と共に来ている公安の刑事は汐里にマウントを取ろうとしているようだった。
ついでに言えば、汐里はマウントに気付いているが無視だ。