「原液の酢を飲まされたのは初めてだったが、案外飲めた。が、咳き込めないのは辛かった。何故酢にした?」
「手近にあったから。それとも、レモン汁が良かった?」
「んー、どっちかっていうとレモン汁の方が――何故酸っぱいものに拘る!?っじゃなくて!殺すには惜しくなったってどういうことだ!?」
話が脱線し、汐里ががーとなりながら髪をかきむしり、神室に詰め寄る。
が、先ほどまで睡眠作用のある薬で眠らされていたせいか、身体がよろける。
それを神室に支えられ、汐里はしかめっ面をする。
「その言葉の意味のままだよ。……すっごいしかめっ面だけど、支えた僕に対して失礼じゃない?」
「誰も支えてなんて言ってない。お前が勝手に支えたんだ」
「そう。あ、パトカーのサイレンの音がする。お仲間が来たみたいだ」
神室は汐里をその場に静かに座らせると、外に出ていく。
去ろうとする神室を汐里は呼び止めようとしたが、どうも身体に力が入りづらい。
気だるい身体を動かし、気を失っている一颯の方を見た。
スタンガンを食らっただけのようだが、念のため手首に触れて脈を取る。
「生きてるな……。まったく無茶をするな、こいつも……」
手首から流れるように指先に手を動かし、自分より一回りほど大きな手に触れる。
節々がはっきりしていて、筋張ったその手は此処から出るためにもがいて、爪が割れて剥がれてしまっている。
ドアの所に血の痕が残っていることから痛みに我慢して、必死に開けようとしたのだろう。
「お前は私を助けようと必死だったんだろうな。でも、良かった。お前が人を殺さずに済んで」
一颯の手を握り締める。
きっとこのまま汐里に何かあれば、彼はきっと神室を殺していただろう。
この手が仲間を救うためとはいえ、人殺しになるのは嫌だった。
神室にはスタンガンで彼を眠らせてくれたことにはある意味感謝するべきなのかもしれない。
外がざわざわと騒がしくなる。
聞こえる声の中で、椎名や赤星といった聞き慣れた声がする。
時折、氷室の声がするのは何故だろうか。
疑問を抱くが、その疑問を解決する前に汐里の身体が傾いた。
「これで……安心だ……」
殴られた頭が痛い。
頭を殴られたせいか、眠らせるために吸わされた薬のせいか気持ちが悪い。
身体に力が入らない。
一颯に覆い被さるように倒れた汐里はそのまま気を失った。