ところが高校に進学する折、彩乃の父親が彩乃を岬と同じ公立高校に通わせたいと言ってきた。岬は勿論大反対だ。学校という安住の地が彩乃の登場で踏みにじられかねない。しかし彩乃の父親は、市井を知っておくのはいい勉強になる筈だし、岬も一緒だからと彩乃に勧めている。彩乃も岬と一緒という言葉で乗り気になっていて、岬が何を言っても聞く耳を持たない。

「お嬢さまが公立に通う必要性がありません。旦那様とお嬢さまはいずれ経済界のトップに立つお方。市井など知らずとも過ごせます」

「でも、岬くんの学校生活には興味があるわ。中学でも優秀だったんでしょう? 岬くんの華麗な高校生活を近くで見ていたいわ」

優秀なのはその通りだけど、それを彩乃に見せる必要はない。なにより学校でも傅かなくてはならないという苦痛が、岬を反対の意見に駆り立てていた。

「公立は、設備も民度も私立より劣ります。お嬢さまが通う必要はありません」

何度繰り返しても、彩乃の父親と、そして何より乗り気になった彩乃が頷かなかった。とうとう彩乃は岬と同じ高校に通うことになり、その入学式を迎えた。

入学式当日。答辞を読む気満々だった岬は高校生活しょっぱなから出鼻をくじかれた。総代は彩乃だったのだ。壇上に立ち、朗々と答辞を読み上げる彩乃に悔しくて地団太を踏む勢いだった岬は、式が終わった時に後ろから肩を叩かれた。

「よお、岬」

「秀星(しゅうせい)か……! どうして此処に?」

上田秀星(うえだしゅうせい)は子供の頃に岬が下僕扱いした子供うちの一人だった。当然彩乃の通っていたエスカレーター式の高校に行ってると思いきや、何故この公立高校に……。

「岬が庶民の中でどんな学校生活送るのかなって思ってさ……。っていうのは半分冗談で、彩乃さんが此処に進学するって聞いたから、慌てて受験したんだよ」

そうだった。秀星は子供の頃から彩乃を好きだったのだ。彩乃が岬の家にマルたちを見に来るのを、苦々しく思っていたらしい。そんなわけで、昔は彩乃を挟んで勝手に岬をライバル視していた。岬は彩乃に何の好意も持っていなかったというのに。

人は恵まれすぎると勝手に恨みを買ってしまうらしい。岬の場合は恵まれていなくても恨みを買っているようだった。

(まあ、俺が人格者だから仕方ないんだよな。凡人には分からないだろうけど)

事実、秀星は子供の頃から平凡な下僕だった。高校生になってもそれは変わらないらしかった。

「お前、今、彩乃さんの家に居るんだって? なんでお前ばっかり……」

「好き好んで居るわけじゃないよ。事情があるんだ」

「知ってるぜ、借金の肩代わりだってな」

くすっと蔑む笑みを浮かべられて、センシティブな事情に触れられた岬のこめかみがぴくぴくする。それでも事実だから、否定は出来ない。

「もう良いか? ホームルームに行かなきゃいけない」

「ああ。せいぜい庶民と仲良くしてろよな。俺は彩乃さんに今度こそ振り向いてもらう」

そう宣言して、秀星は去って行った。何故彩乃のことで敵視されなきゃいけないのか分からないが、岬は彩乃の事なんかなんとも思ってないから、彩乃が秀星と付き合おうが振られようが、知ったことではない。岬は彩乃に総代を譲ってしまったという屈辱に打ち震えながら、ホームルームに向かった。