彩乃の欠席は三日を超えた。執事として放って置けない状況で、彩乃の部屋のドアをノックする。か細い声で返事があり、部屋に入る旨を伝えると、岬は彩乃の私室に入った。

「彩乃さん、体調はどうですか?」

岬はベッドに寝ている彩乃に近寄りその場にしゃがんだ。彩乃がベッドに横たわったまま岬を見る。眉が寄せられていてお腹が痛そうだ。薬は効いていないのだろうか。

「お薬は飲みましたか? お昼は……」

摂りましたか? そう聞こうと思ったら、名前を呼ばれた。

「岬くん……、やさしいのね……。私、岬くんの事無理やり……」

その後の言葉が続かない。彩乃さん? と呼び掛けると、やはりか細い声が返った。

「岬くんがやさしいのは……、私が病気だから……?」

何を当たり前のことを聞いているのだろう。病気の人に冷たくした覚えはない。

「そりゃ、そうですよ。学校でも彩乃さんのこと心配してますよ。早く治して……」

ください。そう言おうとしたら、彩乃の声が被った。

「だったら、治らなくていい」

泣きそうな顔をする彩乃に、何故かぎゅっと胸が締め付けられる。潤んで涙を零しそうな瞳がきれいだと思った。泣くのを我慢している唇はきゅっと引き結ばれていて、彩乃が本当に病気が治らなくて良いと思っていることを示していた。

意志の強い目が岬を見つめている。女の子に見つめられることなんていっぱい経験してきたのに、急にどくんどくんと胸の鼓動が走り出して、潤んだ目や紅潮した頬をした彩乃に触れたいと思ってしまった。

「……っ!!」

「……あっ」

彩乃が息をのんだのと、岬が声を発してしまったのは同時だった。吸い寄せられるように彩乃の頬の触れてしまっていた。さっと手を引く岬を、潤んだ目の彩乃が見る。

「ごっ、ごめんっ!」

岬は素早く立ち上がり、走り出す勢いで彩乃の部屋を辞した。普段なら走らない廊下をダッシュで自分の部屋に戻る。バタンと後ろ手にドアを閉める岬に、マルたち親子が寄って来た。

「……なんで……、……そんな、いまさら……」

寄ってくるのか。

にゃーんと鳴いたマルたち親子はふさふさの尻尾で岬の足を代わる代わる撫でた。四匹を腕にぎゅうっと抱き締めてしまって、胸の動悸を抑え込む。

にゃん。

マルたちの不平も、今は聞かない。

「お前たちなんか……、ずっと彩乃にべったりだったくせに……」

なんだってこんな時に、岬を慰めるみたいに……。

なんだってこんな風に、慰められなきゃいけないんだ……。

脳裏に思い浮かぶのは泣きそうな顔の彩乃。そんな顔をさせたのは誰なのか。生徒会長やバレー部のエースアタッカー、バスケ部の部長や野球部のピッチャー。思い浮かぶ人の顔は沢山あるけど。

「お前なんか……、お前なんか……」

嫌いだった、はずなのに……。

猫たちの体に顔を埋める。

(お前なんか……)

絶対好きにならない。






そう思った方が負けなんだって、もうどこかで知っていた――――。