でも、今は驚くほど自分の心の中がクリアで、自分が誰のことが好きかがはっきりしていた。
「ありがとう……でも」
 成就しないとわかっていても、その気持ちに嘘をつくことはできない。
「ごめん」

 その後、閉会式が終わり、みんなで外へ出ようというときだった。
「あ、そういや、荘原さん敦也に会った? 途中から見に来てたみたいだけど」
 大勢がいっせいに大移動して騒がしい中、藍川先生が私の肩を叩いて聞いてきた。私はその言葉に耳を疑い、思いきり先生を振り返る。
「本当ですかっ?」
「みんなに内緒にしろ、って言ってたし、戻らないといけないらしいから、もう帰ったはず。荘原さんとだけは、もしかして会ったのかなと思って」
 私のことを彼女だと思いこんでいる藍川先生は、ふふ、と笑う。
『疑似交際解消ってことでよろしく』
 先輩の言葉が耳によみがえると、胸が一気に締めつけられた。
 “違います、先生。私は彼女じゃないんです。先輩が本当に好きなのは、先生なんです”
 そう心の中で弁解したけれど、ここで言うのは間違っていると理由をつけ、口には出さない。
『ちゃんと想いを伝えたほうがいい』『頑張ってください! 先輩も!』
『……わかった』
 昨日、そんな言葉を交わしたんだ。先輩が、自分の口でしっかりと藍川先生に言うはずだ。まだ生々しい胸の痛みに唇を結び、私は無理して微笑む。
それより……今日はいつから来ていたのだろうか。私が出た試合も、見られていたのだろうか。
「…………」
負け試合だったけれど、私は最後のあの試合を見てくれていたらいいな、と思った。弱さをなくすのではなく、私がちゃんと自分の弱さを認められたあの克服のはじまりの瞬間を、九条先輩には見ていてもらいたかったからだ。
 駐車場へ出て、迎えに来てくれたお母さんの車に乗りこむと、
「おつかれさま。どうだった? 試合は」
 と聞かれた。荷物があるから後部座席に乗った私は、ルームミラー越しに、
「うん、負けちゃった」
 と答える。
「あら、そうなの。残念だったね」
「うん」
 門から車道へ出て、スピードが加速される。私は、並木道を車窓越しに見ながら、シートに背を預けた。心地いい疲労感と充足感が、今の私を満たしてくれている。
「お母さん」
「んー?」
「実は今日、私、試合に出たんだ」
「えっ?」