185センチくらいの長身に、無造作な黒髪。スタイルもよく、ダークグレーのジャージに、上は白Tと黒のウィンドブレーカー姿で登場したのは、2年度前、去年の春に卒業したバスケ部OBの九条敦也(あつや)先輩だった。
 私は1年生のときからマネージャーをしていたので、高校が重なっていたのは1年間。そして、部活となると3年生は夏までだから、実質4ヶ月くらいしか関わりのなかった先輩だ。
「お久しぶりです、先輩!」
 3年のみんなが口々にそう言って頭を下げる。私も、急に背筋が伸びたような気持ちになって深々とお辞儀をした。
 たかだか4ヶ月だったけれど、当時3年男子部員が多かった中、その実力とカリスマ性はすごかったのを覚えている。普通の高校なのに、ひとりだけ飛び抜けてバスケのセンスも得点力もあり、スポーツ推薦で大学入学まで果たした人だ。
「彼は、OBの九条君。今日から週に2回、火曜日と金曜日にコーチに来てもらいます。最近キミたちが弛んでるから、喝を入れてもらおうと私がお願いしました」
 藍川先生が仁王立ちで勇ましくそう言うと、部員たちが野太い声や高い声で騒めく。驚いた私も、「えっ!」と小さく声を出してしまった。まったく聞かされていなかったからだ。
「九条です。よろしくお願いします」
 九条先輩が、短い挨拶をする。3年部員も、彼を知らない1、2年部員も、ちょっと浮かれたようなソワソワした雰囲気で「よろしくお願いします」と、また頭を下げた。
 その日の九条先輩は、みんなの練習風景を見学しながら藍川先生と話をしたり、メモを取ったりしていた。部員たちは緊張もあるのか、日頃しないようなミスが目立った。
 私は、先生に言われ、直近1年間くらいの試合結果記録や日誌を九条先輩に手渡した。先輩は、真剣な目でそのスコアや反省に目を通し、また先生と話を続ける。
「なんすか、この惨敗日」
「あー、これはたしか、アレだ。政本がインフルで試合出られなかった日」
「へぇ、ひとり抜けただけでコレって、ダメでしょ」
 九条先輩の言葉に、先生がケタケタ笑いながら、
「だから、呼んだんだよ」
 などと言っている。そして、その言葉にわずかに口角を上げる先輩。
私はその様子を傍らで見ながら、ちょっと意外だなと思った。先生相手だからかもしれないけれど、九条先輩の空気感が以前よりも柔らかく感じたからだ。