「すぐに噂が広がってくれるとは思うけど、しばらくは交際しているていでいたほうがいいだろうし」
「……はい……いっ?」
 ふいに手を握られて、私は背筋を伸ばした。私より少し体温の低いその大きな手は、私の手を覆うように包んでいる。突然のことに、そして初めてのことに、心臓が縮み上がった。
「ご協力ありがとう」
「……いえ」
 こちらにも利があるんです。というのは、内緒にしておく。
「しばらくのお付き合い、よろしく」
「……はい。よろしくお願いします」
 この密着度とは反比例する他人行儀。私は無意識に生唾を飲みこみ、やはり判断を早まったかもしれないと少し後悔した。



「おつかれ」
「おつかれさまです」
「はい、手」
「……はい」
 火曜日と金曜日、バス停での会話の始まりはほぼこれになった。九条先輩の真横に座って、手をつないで話す15分間。
最初は挙動不審だったし、手汗やら肩が触れることやら気にしていたけれど、徐々に慣れはじめてきた。緊張は完全には解けないものの、会話も普通に続くようになったし、先輩の口数も増えてきたように思える。ほぼ、バスケ部の話なのだけれど。
ある日は……。
「女子バスケ部、人数やばくない?」
「去年は多かったんですけどね、ひとつ上の先輩たちが引退してからぎりぎりです。それに、この春、3年がひとり抜けちゃって」
「あとひとり欠けたら、試合出れないでしょ」
「はい。1、2年生を勧誘中です」
 また、ある日は……。
「なんか、みんな同じリストバンドしはじめたけど、あれ部費で買ったの?」
「そうです」
「へー、俺にはないの?」
「いいですよ。500円くだされば」
「金取るんだ」
 またまた、ある日は……。
「強化メニューを加えようと思うんだけど、見てくれる?」
「はい。うん……すごくいいと思います。テクニック磨きに偏ってる人が多いので、これでスタミナがつくはずです」
「あと、1年のゴール下の動きがまだ……」
「わかります! とくにこの場合の……」
 部員ではなく、第3者目線であるコーチとマネージャーだからだろうか、私と九条先輩のバスケ話は、とりわけどうしたらチームがよりよくなるかという話題で盛り上がった。

「それでですね、今度の練習試合の日には……」