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「では、バルカン・ハミルカル、汝は農家になりたいと申すのだな」
大司祭の問いに、聖殿の祭壇上のバルカンは「はい」と即座に答えた。バルカンの目には迷いはない。
「ではバルカンよ、農家の気持ちになって祈るがよい」すると、バルカンの体が少しずつ光で包まれ始めた。司祭は両手を天にかかげ、祈りの詞を高らかに唱えた。
「この世のすべての職業を司る精霊たちよ。バルカン・ハミルカルに新たなる人生を歩ませたまえ!」
バルカンの体を包んでいた光がどんどん強くなり、そして一気に真昼の太陽のように輝いた。

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「先日はありがとう。世話になった」バルカンはそう言って祭壇の下でアンナの手を握った。
「とんでもない。無事に新しい職業が決まってよかったです。それに、もう爪は装備してないんですね」握られた手を見ながら、アンナは答えた。
「農家には必要のないものだからな。いまはカバンに入れてある」
「精霊は拗ねてないですか?」
「大丈夫そうだ。それに、もしそうなったら、その時考えるさ」
そういってバルカンは肩にかけた革袋を叩いた。その時、「次の方、バルカン・ハミルカル様、祭壇へどうぞ」と、若い司祭がバルカンを呼んだ。
「では」
「私もここで見てますね」
バルカンはにっこりと笑い、祭壇に向かっていった。

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太陽の光のような閃光が一瞬輝いたあと、次第にバルカンを包んでいた光は弱まりはじめ、足元から光が消えていく。カンフーシューズは地下足袋に、黒い道着は、厚い濃紺の生地でできたゆったりとした”つなぎ”の作業着に変わっていた。
やがて光の線は首元まで上がり、首に巻いたタオル、そして口髭と切れ長の目が現れた。その武闘家の頃と変わらない鋭いまなざしを見てアンナは安心した。
が、それもつかの間、ギョッとした。
辮髪が、ねじり鉢巻きのように頭に巻かれていた。
その時、大司祭の祝詞が聖堂中に響き渡った「おお、バルカン・ハミルカルよ。汝は今日より農家として生きるのだ!」