しかし、相澤は鼻先が触れるか触れないかのすんでの所でぴたりと動きを止めた。
 そして、険しい表情で斜め後ろに視線を投げる。

「ウウウ……」

 甘さの乗せた空気にそぐわない呻き声に、陽茉莉はびくりと肩を振るわせた。その声は、先ほど退治した邪鬼のほうから聞こえた。
 這いつくばるそれは既に人の姿を成しておらず、陽茉莉が時折見かける邪鬼と同じようにぼっかりと空いた黒い穴がこちらを見つめていた。その人ならざる者が、なおもこちらに近付こうとする。

「まだだめだったか。さすがに強いな」

 あからさまに不機嫌そうに、相澤がチッと舌打ちするのが聞こえた。

(まだ祓いきれてないの?)