背筋に冷たいものが流れ落ちるのを感じた。
 この男の人──恐らく邪鬼の一種だ──は、自分はこんなものでは倒せないという絶対的な自信を持っているのだ。

 そして、さっきのおかしな手も、きっとこの人の仕業で──。

(この邪鬼、普通じゃない……!)

 これまで見たどの邪鬼とも、明らかに違う。
 相澤が妖力を使い尽くすまで追い込まれたのだ。陽茉莉の祓除札ごときで祓えるはずがない。

(どうしよう。このままだと、この邪鬼に呑まれる)

 すぐにそう悟ったけれど、きっとまた不思議な力で逃げるのを阻まれるだろう。

「礼也さん!」

 陽茉莉は力の限り、大きな声で叫んだ。
 男が近付く。視界の端に、使い古したような黒い革靴が映った。