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 帰り道、陽茉莉はふと空を見上げた。
 やけに明るいと思ったら、大きな満月がぽっかりと浮かんでいる。秋の満月はことのほか風情がある。

(満月か。そういえば、高塔副課長と潤ちゃんも今日は満月だって言っていたな)

 帰ったら、今日は月が綺麗だよって教えてあげよう。
 そう思ってすぐに、夏目漱石が『I love you』を『月が綺麗ですね』と訳したという有名な逸話が頭に浮かぶ。

(……やっぱり、教えなくていいや)

 そんな豆知識、知っている人のほうが少ないだろう。それに、知っていたとしてもそんな意味で取られるわけがない。
 なのに、なぜか頬が熱くなるのを感じて陽茉莉は片手で顔を仰ぐ。頬を撫でる秋の夜風の冷たさが、かえって心地よかった。