次の日の朝、俺達はフォールクラウンの扉の前に居た。
 昨日のパーティーで体調不良な者が一名いるが見送りだけはしてくれるそうだ。
 それと一人だけこの場に居ないのはマークさんだ。
 前に少し話をしてから姿が見えないがおそらく忙しいのだろう。
 会えないのは少し寂しいがそうも言ってられない。
 大森林に攻めてくる軍勢を相手にするためにもさらに力を手に入れておかないと。

「それじゃあ行ってきます」
「魔王に気を付けろよ」
「決して街路樹から出てはいけませんよ」
 短く言うドワルと心配そうに言うドルフ。ドワル達言うには魔王達の縄張りに入らぬように街路樹があるらしく、その木に沿って行けばまず問題は起こらないであろうとの事。

「道順は覚えたから心配すんな。魔王と一戦やらかす気はねーよ」
「だが気を付けろ。襲って来る事はなくとも見張っては来るからな」
「了解」
 これドワル達との話はお終い。
 次はティア達だ。

「リュウ、本当に気を付けてね。魔王は伝説級の魔物並みに強いって噂だから」
「だから安心しろって。ただちょこっと縄張りの隣を通るだけなんだから」
「リュウちゃん、ありがとうね」
「何がです?」
「リュウちゃんのおかげでティアちゃん明るくなったから」
「俺からも礼を言うぞ坊主。少し前まで危なっかしい戦いばっかりだったが今回の事で少しは減るだろう」
「ちょっとグラン!」
 グランさんは笑ったが二日酔いのせいかすぐに頭を押さえる。
 その光景に俺も笑っていたが最後にタイガが前に出て言った。

「リュウ、僕はもっと強くなるよ。賢者が調教師より弱いなんてシャレにならない」
「それはティア達にも言える事だがな」
「だからリュウは僕のライバルって事でいいかな?」
「好きにしろ。そして俺が居ない間はティアの事頼んだぞ」
「言われなくても」
 軽く拳をぶつけあいさつをした後、俺はタイガに二つの羊皮紙を渡した。

「これは?」
「いざって時に使え。俺を呼び出すための魔方陣だ。もう一つは予備として持っておきな」
「………分かった今はまだ弱いから本当に大変な時に使わせてもらう」
「ああ、それで良い」
 タイガは丸めた羊皮紙をローブの下にしまった。
 それじゃ行きますか。

「リュウ!」
 突然背中にティアが抱き着いてきた。

「何か言い忘れか?」
「絶対追い付くから、それまで待ってて」
「楽しみにしてる」
 そう言いながらティアの頭を撫でるとようやく離れた。
 そして俺は外で待つ仲間達に会う。

「お別れ終わった?」
「ああやっとだよリル。全く皆心配性で困ったもんだ」
「パパモテモテだね」
「おう。俺は仲間からはモテモテでいたいからな」
「では気に入らない者だったらどうするのだ?」
「とりあえず殴る」
「では東に向かって行くか」
「そうだなダハーカ。行先は極東らしい」
「遠そうですね、リュウさん」
「歩いて十日らしいから当然」
「では参りましょうか」
「ああ行こうか。街路樹までは二日分だが本気で走ればすぐに着く」
 アリスはリルが運んでくれるしさっさと行きますか。

「目標は極東!出発だ!」
「「「「「「おお!」」」」」」
 と、こんな感じでフォールクラウンから飛び出した俺達だった。

 しばらく走ると妙な並び方をした樹が見えた。
 まるで侵入者を拒むような横に大きく広がった木々、どう見てもこの辺で生えている木ではない。
 おそらくこれが東の国に入るための街路樹なのだろう。

「アリス、入り口はどの辺だ?」
「えっと頂いた地図によるともう少し南です」
「なら右だな」
 ドワルから貰った地図を頼りに街路樹の入り口を探す。
 数分南向かって歩くと明らかに入り口と思われる木々が生えてない場所があった。

「ここだな。どう見ても」
「それにしては人の気配が全くしませんね」
「やっぱり皆怖いんだろ?何たって魔王の縄張りのすぐ傍を歩く訳だしさ。リルもアリスを降ろして人型の方が良いかもよ」
 そう言うとリルは伏せてアリスが下りるのを待つ。
 アリスはリルの身体に一度しがみ付いてから降りた。
 分かる、リルの毛って心地良いんだよな。
 しかも最近は冬毛に変わってきたせいか余計ふわふわしてるし。

「ふう。ここから歩くの?一気に走り抜けた方が良いんじゃない?」
「さぁな。相手は魔王だし一応警戒して歩った方が良いだろ」
「魔王を一応ですか」
 アリスが一々突っ込むが面倒なので無視。
 しかし意外とデカいなこの樹、精霊の森ほどじゃないが樹齢三桁はいってんじゃないか?
 そんな樹を近くで見たいのかオウカが樹に近付く。

「おっきいのだ」
「オウカ様、あまり樹に近付いてはいけませんよ」
「何故なのだ?」
「その先は魔王の縄張りだからです」
 気配から察するに一番手前の樹の所が境界線のよう。
 敵意がないからある程度は近付いても問題なさそうだが境界線を越えるのは止めておいた方が良い。
 そう言えばカリンがずっとだんまりだ。
 ずっと北の方を見て動かない。

「何か気になるものでもあったか?」
「ものと言うよりは気配?私この空気知ってる気がする……」
「う~ん。もしかしたらカリンってこの辺が出身だったりするのか?」
「え?」
 カリンがなぜか不思議そうな顔をする。

「だってカリンと俺が会った時とか親の気配が全くしないからさ、もしかしたらどこからか迷い込んだのかな~と思っててさ」
「迷い込んだ……」
「ま、何の確証もないただの予想だ。本当にこの辺が出身だとしたらその内何か気付くだろ」
「そう、なのかな?」
「そう言うもんだろ。それじゃ行こうか」
 皆を連れて歩き出す。
 特に会話する事もなくただ街路樹に沿って歩いていると少しずつ気配が強くなっていく。
 北からは鳥類の視線、南からは獣の視線が俺達を挟んでとにかくじっと見ている。
 明らかな監視の目線に嫌気が差すが問題を起こす訳にはいかない。

「……ふむ」
「どうしたダハーカ。何か気付いたか」
「あの者達の狙いはリルとカリンのようだ」
「やっぱり同種に近いと目を付けられるのかね」
 北の連中はカリンを、南の連中はリルを狙っている。
 リルは堂々としているがカリンはこの視線のせいで俺から離れない。

「全く、人の嫁をじっと見やがって少しは気を使え」
「しかし妙な目線だ。あくまでカリンのみだがどこか恐れた気配がする」
「え、リルにじゃなくてか」
 てっきりどこか恐れた気配はリルを見てだと思っていた。

「カリン、嫌なら俺の中に入るか?」
「うん。入る」
 そう言ってカリンは俺の中に入った。
 いつもは天真爛漫なカリンが人の目線でこうなるとは思ってもみなかった。
 鳥の目線はカリンの後を追うように俺に移る。
 確かにこの目線は嫌だな……

「私は私の所で嫌だけどね」
「どんな目線だ」
「下心満載の視線。私もリュウの中に入っていい?」
「早く言って欲しかったな。早く入れ」
 そしてリルも入ると南側の視線は少なくなった。
 なんて現金な。

「全く、リル達は何かした訳じゃないのに何だってんだよ」
「やはり発情期だからですかね」
「アリス、その可能性は南側だけだと思うぞ」
 確かに普通の動物ならそろそろ発情期の季節だが魔物にも関係あるかは知らないぞ。

「……一気に走り抜けるか。面倒だからさっさと抜けよう」
「え!私そんなに早く走れませんよ!」
「ダハーカ、頼んだ」
「ふむ、では担ぐか」
「アオイはオウカを」
「承知しました」
「もっと樹を見ていたかったのだ……」
「帰る時にでもゆっくり見なさい。それじゃ行くぞ」
 街路樹に沿って走り出した俺達は視線を送る存在達から逃れるために走り出したが結局極東に着くまで視線は続いた。