「はいはい。ちょっと待ってね」

 千藤夫人――名前は〝多恵(たえ)さん〟というらしい――に手伝ってもらい、愛美はスーツケースと段ボール箱三つ分の荷物をライトバンのトランクに積み込み、自分はスポーツバッグだけを抱えて後部座席に乗り込んだ。

「――さっきはありがとうございました。改めて、相川愛美です。今日から一ヶ月間よろしくお願いします」

「愛美ちゃんね? こちらこそよろしく。あなたには一ヶ月間、農園のこととか色々覚えてもらうから。お手伝いお願いね」

「はいっ! 頑張ります!」

 多恵さんの言葉に、愛美は元気よく返事をした。

 これは社交辞令なんかではなく、彼女は本当に張り切っているのだ。誰だって、初めてのことを覚える時はワクワクドキドキする。
 さすがに横浜に住んで三ヶ月半も経つので、都会での暮らしやスマホの使い方には慣れてきたけれど。農園での生活や農作業は初めての経験なので、どんなことをするのか楽しみなのである。

「いやぁ、『横浜のお嬢さま学校に通ってる女子高生を一ヶ月預かってほしい』って田中さんに頼まれた時は、どんなに気取ったお嬢さんが来るのかと思ったけど。愛美ちゃんは全然気取ってないからホッとしたよ」

「そうなんですか? わたし、全然お嬢さまなんかじゃないですもん。育ったのは山梨の養護施設ですよ」

「養護施設? ――じゃあ、ご両親は……」

 多恵さんが表情を曇らせたので、愛美は努めて明るく答えた。

「わたしが幼い頃に、事故で亡くなったって聞かされてますけど。でも、それを悲観したことなんかないですから。ちゃんと人並みに育ててもらって、義務教育を卒業できたから」

 それに、両親が亡くなる前に自分に精いっぱいの愛情を注いでくれていたことも分かっているから。