「……はーい」

 愛美はしぶしぶ(うなず)いた。本当は「お茶を運ぶ」という口実(こうじつ)で、理事たちの顔を確かめたかったのだけれど……。
 毎月こうなのだ。愛美が「お茶を運ぶ」と言うたびに、先生たちに止められる。そのため、愛美はこの施設の理事がどんな人たちなのか、全然知らないのである。

 ――ただ一つ、ハッキリしていることがある。

(……まあ、お金持ちなんだろうな。こういう施設に寄付できるくらいなんだから)

 愛美はそういうお金持ちとか、セレブとかいわれている人たちの生活を知らない。学校の友達にもいないし、どれだけ想像力を働かせても思い浮かばない。

 彼女は幼い頃から、本を読むのが好きだ。想像力も豊かで、将来は小説家になりたいと思っている。その豊かな想像力をもってしても、具体的なイメージが浮かばないのだ。

 ――窓際の学習机で学校の宿題を終わらせ、一息ついた愛美は何げなく窓の外に視線を移す。
 もう夕方の六時前。外は暗くなり始めている。
 理事会は終わったらしく、門の外には黒塗りの高級リムジン車やハイヤーが何台も列を作っている。

「いいなあ……。わたしも乗ってみたいな」

 愛美はちょっと(あこが)れを込めた眼差しでその光景を眺め、机に頬杖(ほおづえ)をつきながら想像してみた。――ピカピカに磨かれた高級リムジンに乗り込む自分の姿を。