「でも、これ以上の偶然は起きないよね……。いくら何でも」

 ――そう、あれは物語の中の出来事。現実ではあんなに何もかもがうまくいくはずがないのだ。

 愛美はいったんスーツケースをフロアーに置き、ベッドにダイブした。
 低反発のマットレスに、ふかふかの寝具一式。寝心地もよさそうだ。
〈わかば園〉では畳の部屋に布団を敷いて寝ていたので、ベッドで寝るのが愛美の憧れでもあった。

「――あ、そうだ。小包み開けよう」 

 愛美はガバッ起き上がり、スーツケースを開いた。部屋に入るまでのお楽しみに取っておいたのを、ふと思い出したのだ。

「田中さんは何を送ってくれたのかな……?」

 ワクワクしながらダンボール箱を開けると、クッション材が詰め込まれた中にもう一つの箱が入っている。書かれているのは携帯電話会社のロゴマーク。

「わあ……! スマホだ! ……あ、手紙も入ってる」

 横長の洋封筒に入っている手紙を、愛美は開いた。

『相川愛美様
 
 ささやかな入学祝いの品をお送りいたします。
 料金は田中太郎氏が支払いますので、安心してお友達とのコミュニケーションツールとしてお使い下さいませ。 
 改めまして、高校へのご入学おめでとうございます。 久留島栄吉』

「――どこまで太っ腹なんだか。田中さんって人」

 入学祝いにスマホをプレゼントして、しかも料金まで支払ってくれるなんて……!