「跡取り……ねぇ。あんたも家の犠牲なワケだ」

 さやかの家は小さな会社だからそうでもないけれど、辺唐院家のような資産家一族には、未だに古臭いしきたりやら何やらが根深く残っているらしい。

「まあ、ウチはお兄ちゃんが長男だから継がなきゃいけないってこともないだろうしさ。お兄ちゃんさえよければ入り婿もいいと思うんだけどねー」

 そもそも、治樹さんには家業を継ぐ気がないらしいので、それこそ本人の意思次第だろう。

「お父さんは継いでほしいみたいだけどね。まあ、ウチのことは気にしないでさ、珠莉は両親の説得頑張ってみなよ。別に今すぐ結婚するとかって話じゃないんだしさ」

 結婚となれば、両家の問題になってくるけれど。まだ恋愛の段階でいちいちうるさく言われたら、珠莉だってウンザリだろう。

「……そうね。まあ、頑張ってはみますけど」

「うん。わたしも応援するよ、珠莉ちゃん。純也さんだってきっと味方になってくれると思うよ」

 愛美も援護した。同じ一族の純也さんも味方になってくれるのなら、珠莉にとってこれほど心強いことはないはずである。

「ありがとう、愛美さん、さやかさん。私は本当に、いい親友に恵まれましたわ!」

 珠莉がやっと笑顔になったので、愛美もさやかもホッとした。何だか、部屋の中の空気も少し穏やかになったようだ。

(どうか、珠莉ちゃんの恋もうまくいきますように! ご両親がどうか折れて下さいますように!)

 愛美は珠莉と治樹さんの幸せを、心から祈っていた。

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 ――夕食後。愛美は考えていた通り、〝あしながおじさん〟に手紙を(したた)めた。

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『拝啓、あしながおじさん。

 お元気ですか? わたしは今日も元気です。
 わたし、今年の冬休みは埼玉のさやかちゃんのお家じゃなくて、東京にある珠莉ちゃんのお家で過ごすことになりました。
 珠莉ちゃんが招待してくれたんです。「我が家にいらっしゃいよ」って。
 さやかちゃんは残念がってましたけど、「やっぱり埼玉より東京の方がいいよね」って、最後には折れてくれました。