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 ――そして翌日。少し曇っているけれど、それほど暑くなく、釣りにはもってこいのお天気になった。

 愛美は純也さんと一緒に、車で千藤農園から少し離れた渓流まで、約束通りルアーフィッシングに来た。
 多少濡れてもいいように、二人ともフィッシングウェアに身を包み、ゴム長靴を履いての完全防備。……ただし、夏場にこの格好はちょっと蒸し暑い。

「――愛美ちゃん、かかってるよ! ゆっくりリールを巻きながら、タックルをちょっとずつ引き上げて」

「はいっ! ……こうですか?」

「そうそう。ゆっくりね。慌てたら逃げられるから、落ち着いて」

「はい」

 ルアーフィッシングというのは、コツをつかむまでが難しい。ルアーを本物のエサのように動かさないと、魚がかかってくれない。
 生きたエサを使う代わりに、こういう技術が必要になるのだ。

「――あっ、釣れた! 釣れましたぁ! やった!」

 それでも、愛美はそのコツをつかむのがわりと早かった。釣りを始めて一時間で、早々にイワナを一匹ゲットしたのだ。

「おお、スゴいな愛美ちゃん! こりゃ結構大きいぞ」

 まさに〝ビギナーズラック〟。愛美自身も、まさかいきなりこんな大物がかかるなんて思ってもみなかった。
 愛美は釣れたばかりのイワナを、水を張ったバケツにそっと放した。

「――あ、愛美ちゃん、こっちもかかった。……うわぁ、二匹も! サイズはちょっと小さいけど」

 純也さんは、さすが上級者だ。一度の仕掛けで同時に二匹釣るという荒業(あらわざ)をやってのけた。

「純也さん、スゴ~い! ――あ、わたしのもまたかかった!」

 今日は釣りの吉日なのか、二人とも入れ食い状態でジャンジャン釣れる。
 あまりにも小さいサイズの魚はすぐに川に放し、あとのイワナは昼食として美味しく頂くことにした。

「調理は僕に任せてよ。アウトドアは好きだし、家でも自炊してるからね」

 純也さんは手早く火をおこし、魚焼き用の網を用意してくれた。