「それでもいいから、とにかく話してごらんよ」

「はい……。でも長くなりそうだから、別の日にゆっくり聞いてもらいます」

「分かった」

 純也さんの返事を聞いた愛美は、「ところで」と彼の大きなスーツケースの中身(ファスナーは開けてあるのだ)を眺めながら言った。

「釣りの道具って、コレですか?」

「そうだよ。愛美ちゃんの分もあるから」

 スーツケースの中には洋服などが入っているのかと思いきや、中に入っているのは釣りに使う竿(〝タックル〟というらしい)やルアーのボックスなどだった。
 他にも色々、キャンプ用具などのアウトドア関係のものが詰め込まれている。

「釣りって、生きた虫をエサに使うんじゃないんですね。もしそうだったら、わたしどうしようかと思ってました」

「さすがに初心者の、それも女の子にいきなりそれはかわいそうだからね。明日教えるのはルアーフィッシングだよ。この時期は、イワナが釣れるはずなんだ」

「イワナかぁ。あれって塩焼きにしたら美味しいんですよね」

 実は愛美も、実際にイワナの塩焼きを食べたことがない。これは本から得た雑学である。

「そうそう! 特に釣りたては新鮮でね」

「わぁ、楽しみ! じゃあ、明日は早起きして、多恵さんと佳織さんと一緒にお弁当作りますね」

 釣りの話で盛り上がる中、愛美はあることに気がついた。

「そういえば、服とかはどこに入ってるんですか?」

 スーツケースの中には、それらしいものはほとんど入っていない(釣り用のウェアや長靴などは別として)。

「ああ、普段の服はそっちのボストンバッグの中。男の旅行用の荷物なんてそんなモンだよ」

「へぇー……」

 確かに、服や洗面用具などの〝普通の〟旅行用の荷物は少ない。けれどその代わり、彼の場合は他の荷物の方が多いともいえる。

「片付けは自分でやっとくから、愛美ちゃんは下で多恵さんたちの手伝いをしておいで」

 はい、と頷いて、愛美は一階のキッチンへ下りていく。そろそろパン作りの準備を始める頃だからだった。