「愛美ちゃん……、君が怒ることないよ。僕は別に、母のこと恨んじゃいないし、もう大人だから気にしてもいない。『ああ、そういう人なんだ』って思ってるだけでね。ただ、多恵さんには申し訳ないと思ってるから、できるだけ彼女の思い通りにしてあげたいんだよ」

「純也さん……」

「でも、愛美ちゃんは僕の代わりに怒ってくれたんだよね? ありがとう」

「いえ、そんな。お礼を言われるようなことは何も!」

 愛美はただ、純也さんの境遇にちょっと同情的になっていただけだ。自分は同情されるのがキライなくせに――。

(わたしって勝手だな)

 でも、純也さんはさすが大人だなと思う。子育てをほとんど放棄していたような自分の母親を恨まず、「そういう人なんだ」と達観しているなんて。

「ううん、愛美ちゃんは優しいね。今まで僕が出会った女性の中には、そんな風に怒ってくれた人はいなかったから。一人もね」

「そうなんですか……」

 その女性たちにとって大事だったのは、純也さんが〝辺唐院家の御曹司〟という事実だけで、彼がどんな境遇で育てられてきたのか、どんな気持ちでいたのかはどうでもよかったんだろう。

「――さて、この話題は終わり。そろそろ部屋に行くよ。そうだ、愛美ちゃん」

 膝をパンッと叩いて立ち上がった純也さんは、荷物を取り上げると愛美に呼びかけた。

「はい?」

「明日、僕に付き合ってもらえるかな? 久しぶりに渓流(けいりゅう)釣りに行きたいんだ。よかったら、君もやってみる?」

「えっ? はいっ! ……あ、でもわたし、釣りなんかやったことないですけど」

 愛美が育った〈わかば園〉は山の中だし、釣りに行った経験もない。はっきり言ってド素人だ。そんなド素人が、簡単に釣りなんてできるものなんだろうか?

「心配ご無用。僕が教えてあげるし、〝ビギナーズラック〟って言葉もあるからね」

 彼はおどけながら、愛美の心配を払拭(ふっしょく)してしまった。