「はい!」

 ――愛美はキッチンへ行くと、お客様用のグラスによく冷えた麦茶を()ぎ、「どうぞ」と言ってダイニングの椅子に座っている純也さんの前にそっと置いた。

「ありがとう。いただくよ」

「坊っちゃん、よかったらお菓子でも召し上がります? 確か戸棚に、頂きもののお饅頭が――」

 彼がお茶を飲み始めた途端、またもや多恵さんがもみ手しながら純也さんにすり寄ってきた。
 すかさず、純也さんが眉をひそめる。

「多恵さん、まだ家事の途中じゃないのかい? 僕に構わなくていいから、自分の仕事に戻りなさい」

「……あっ、そうでした! 私、まだ洗濯ものを干してる最中でしたわ! 失礼しました!」

 多恵さんはやっと自分のやりかけの仕事を思い出し、慌てて物干し場へ走っていった。

「まったく! 多恵さんは僕の世話を焼きたくて仕方ないんだな。もう子供じゃないのに」

「ふふふっ。とか言って純也さん、全然迷惑そうじゃないですよ」

 ブツブツ文句を言いながらも嬉しそうな純也さんの向かいに座り、愛美もつられて笑った。
 何だかんだ言っても、多恵さんにあれこれと世話を焼かれるのはイヤではないらしい。

「ん、まぁね。僕の母親は――珠莉の祖母ってことだけど、自分で進んで子育てするような人じゃなかったから、僕の世話はシッターの女性か家政婦だった多恵さんに押し付けてたんだ。だから僕にとっても、多恵さんは実の母親以上に〝お母さん〟なんだよ」

「……なんか信じられない、お金持ちって。自分がお腹痛めて産んだ子なのに、自分では育てようとしないなんて。子供に対する愛情ないのかなぁ」

「愛美ちゃん……」

 愛美は純也さんの話に、自分自身のこと以上に胸を痛めた。
 愛美の両親みたいに、我が子の成長を最後まで見届けられなかった親もいる。でも両親は、確かに最後まで愛美のことを愛してくれていたと思う。
 そして愛美も、両親のいない自分の境遇を「不幸だ」と思ったことはない。亡くなった両親と同じくらい、施設の園長や先生たちに愛情を注いでもらっていたから。