『いいえ、特には何も申しておりませんでしたが。なぜでしょう?』

「わたしからの手紙、このごろその人のことばっかり書いてるので……。田中さんが呆れてらっしゃるかな……と思って」

 ここ一年近く、特にこの数ヶ月の手紙は、もうほとんどが純也さんについての内容で埋め尽くされていた。愛美自身、ノロケっぱなしで胃もたれしそうなくらいなのだ。

 すると、久留島さんは笑いながらこう答えた。

『呆れているご様子はなかったかと存じます。むしろお喜びでございますよ。「小説家になるうえでの想像力を養うにも、恋はした方がいいから」と。お嬢さんくらいの年頃でしたら、好きなお(かた)がいない(ほう)が不思議だ、ともボスは申しておりました』

「そう……ですか」

『はい。ですから、何もボスの機嫌を伺うようなことはなさらなくても大丈夫でございますよ。思う存分、青春を謳歌(おうか)なさいませ。――では、千藤農園にはこちらから連絡させて頂きますので。突然のお電話、失礼致しました』

「はい、ありがとうございます」

 電話が切れると、愛美はスマホの画面を見つめたまましばらくその場に立ち尽くした。

(おじさま、わたしに好きな人がいることが嬉しいなんて……。どうしてだろう?)

 純也さんが自分の知り合いで、信頼できる人だから? それとも――。

「まさか、本人だから……?」

 そういえば、『あしながおじさん』ではジュディの好きな人と〝あしながおじさん〟が同一人物だった。――でも、いくら何でもそこまで同じだと考えるのはベタすぎる。

「……なワケないか。行こ」

 一人で納得して呟き、愛美はスマホをポケットにしまって、食堂に向けてまた歩き出した。

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「――愛美ー、こっちこっち!」

 食堂に着くと、奥の方のテーブルからさやかが手を振ってくれた。もちろん、珠莉も一緒である。
 ちなみに、今日の昼食メニューはチキンカツレツとサラダ、そして冷製ポタージュスープだ。チキンカツレツにはトマトベースのソースがかかっている。