『恐れ入りますが、相川愛美さまの携帯でお間違いないでしょうか』

 聞こえてきたのは、穏やかな初老と思しき男性の声。

「はい、そうですけど。……あの」

『失礼。申し遅れました。(わたくし)、田中太郎氏の秘書を務めております、久留島栄吉と申します』

「久留島さん? ……ああ、あなたが! いつも何かとお気遣い頂いてありがとうございます」

 まさか、〝あしながおじさん〟の秘書から電話がかかってくるなんて……! 普段から何かとお世話になっているので、愛美はまず彼にお礼を言った。

『いえいえ。私はただ、ボスの言いつけに従って自分の務めを果たしているだけですので』

「……そうですか」

(なんか腰の低い人だなぁ。「ボス」なんて、おじさまの方がこの人より絶対若いのに。よっぽど慕ってるんだ)

 〝ボス〟という言い方にも、彼の雇い主への愛情というか、信愛が感じられる。

『――ところで愛美お嬢さん、奨学金の申請書についてですが。私のボスがキチンと記入・捺印して学校の事務局に送り返したことは、もうお聞きになっていますか?』

「はい、今さっき伺いました」

『さようでございますか。では、お嬢さんの大学進学にも賛成だということは?』

 そのことは、上村先生からは何も聞いていない。

「いえ、それは伺ってませんけど。なんか意外だったんで、ちょっと驚きました」

『意外、とおっしゃいますのは?』

「わたし、田中さんに反対されると思ってたんです。奨学金のことも、わたしが大学に進むことも。だって、田中さんにしてみたら、『自分はもう、保護者としてお払い箱なのか』って思うかもしれないでしょう? 自分には頼ってくれないのに、大学には進みたいのかって。それって、自分でも勝手だなと思ってるんで」

 将来的に、出してもらったお金を返すつもりだということは、久留島さんにも言わないことにした。それが万が一〝あしながおじさん〟の耳に入って、今の関係がこじれてしまうのはイヤだから。