「――愛美ちゃん、お目当ての本、見つかってよかったね」

「はい。純也さんは何も買われなかったんですか? 読書好きだっておっしゃってたのに」

 書店で商品を購入したのは愛美だけで、純也さんは本を手に取るものの、結局何も買っていないのだ。

「うん……。最近は仕事が忙しくてね、なかなか読む時間が取れないんだ。それに、このごろはどんな本を読んでも面白いって感じられなくなってる。昔は大好きだった本でもね」

 悲しそうに、純也さんが答えて肩をすくめる。――大人になると、価値観が変わるというけれど。好きだったものまで好きじゃなくなるのは、とても悲しいことだ。

「じゃあ、わたしが書きます。純也さんが読んで、『面白い』って思ってもらえるような小説を」

「愛美ちゃん……」

「あ、もちろん今すぐはムリですけど。小説家デビューして、本を出せるようになったら。その時は……、読んでくれますか?」

 この時、愛美の中で大きな目標ができた。大好きな人に、自分が書いた本を読んでもらうこと。そして、読んだ後に「面白かったよ」って言ってもらうこと。目標ができた方が、夢を追ううえでも張り合いができる。

「もちろん読むよ。楽しみに待ってる。約束だよ」

「はい! お約束します」

 この約束は、いつか必ず果たそうと愛美は決意した。

「――それにしても、純也さんってよく分かんない人ですよね」

「え……? 何が?」

 唐突に話が飛び、純也さんは面食らった。

「だって、ブラックカードでホイホイお買いものするような人が、ちゃんと小銭も持ち歩いてるんですもん。確か、交通系のICカードもスマホケースに入ってましたよね」

「見てたのか。――うん、今日も電車で来た。僕はできるだけ、〝人並みの生活〟をするようにしてるんだ」

「〝人並みの生活〟……?」

 愛美は目を丸くした。〝人並み以上の生活〟ができている人が、何を言っているんだろう?