純也さんは幸い離れたところにいるので、聞こえる心配はないだろうけれど。愛美はさやかだけに聞こえる小さな声で言った。

「……そっかぁ。コレでお兄ちゃんが、キッパリ愛美のこと諦めてくれたらいいんだけどねー」

「うん……。――あ、戻ってきた」

 愛美とさやかが顔を上げると、純也さんと珠莉が二人揃って戻ってきた。珠莉は自分の分だけではなく、ちゃんと人数分の飲み物を持って。

「お待たせ! もう中に入れるけど、どうする?」

「叔父さま、コレ飲んでからでも遅くないんじゃありません? ――はい、どうぞ。全部オレンジジュースにしましたけど」 

「サンキュ。アンタもたまには気が利くじゃん?」

「ありがと、珠莉ちゃん」

「どういたしまして。ちょっと、さやかさん? 〝たまには〟ってどういうことですの?」

「まあまあ、珠莉。落ち着けって」

 さやかに食ってかかった姪を、純也さんはなだめた。

 ――四人で仲良くオレンジジュースを飲みほした後、お目当ての演目が上演されるシアターに入り、座席に座った。

「この作品は、過去に何回も再演されてる人気作でね。なかなかチケットが買えないことでも有名なんだ」

「まさか純也さん、お金にもの言わせてチケット手に入れたんじゃ……?」

「さやかちゃん! 純也さんはそんなことする人じゃないよ。そういうこと、一番嫌う人なんだから。ね、純也さん?」

 お金持ち特権を濫用(らんよう)したんじゃないかと言うさやかを、愛美が小さな声でたしなめた。

「もちろん、そんなことするワケないさ。ちゃんと正規のルートで買ったともさ」

「ええ。叔父さまはウソがつけない人だもの、信じていいと思いますわ」

「……分かった。姪のアンタがそう言うんなら」

 ブーツ ……。

「――あ、始まるよ」

 愛美は初めて観るミュージカルにワクワクした。舞台上で繰り広げられるお芝居、歌、音楽。そして、キラキラした舞台装置……。
 カーテンコールの時にはもう感動して、笑顔で大きな拍手を送っていた――。