「見事な武者揃えじゃ。どこの殿様かのう?」
「あれも関白さまのご臣下だろうか?」
「じゃろうじゃろう。北条様の時代は終わってしもうた。今、あれほど堂々としたお武家様は都からいらしたに違いない」

 天正18年 上野国(現・群馬県)

 きらびやかな具足をまとった軍勢が、街道を進む。大部隊ではない。徒士(かち)の槍持足軽や、荷物持ちの軍夫も含めて50名にもならない。指揮をとる人物の格から考えれば、不用心とも言えるような小人数だ。
 その人物は、先頭の馬にまたがっている優男の青年だ。容貌だけを見れば、彼が百戦錬磨の猛将たちと並び立つ男とは、とても思えない。
 彼の横を歩く旗持ち侍が持つ旗が、風にたなびく。

 白地に大書された「大一大万大吉」の文字。

 この男こそ石田(いしだ)治部少輔(じぶのしょう)三成(みつなり)。関白秀吉を頂点とする豊臣政権。その中核を担う奉行衆の筆頭。天下の諸大名からも一目置かれる、若き俊英《しゅんえい》。

 ……だったのだが

「おい、あの旗は石田様のものらしいぞ!」
「石田様? って、あの(おし)のお城の?」
「そうそう!三流成り上がりの戦下手……」
「馬鹿!! 聞こえるぞ!!!」


      *     *     *


 聞こえるぞ!! じゃない。バッチリ聞こえているわ!!

「斬りますか?」

 側近が、そう聞いてきた。家臣のそういう心づかいが、また心苦しい……。

「よい。そんな事しても誰も得しない。言わせておけ」

 答える三成の声には苛立ちが混じっていた。そう、誰も得しない。天下の奉行が、民の陰口に腹を立てて斬り殺してみろ。ただでさえ落ちている武名に埃をまぶすよなものだ。自分を取り立ててくれた、関白殿下の威光にもキズがつく。

 それにこの東国は、つい昨日まで敵国だったような土地だ。そこに住む民を不用意に殺せば、それだけ支配が難しくなる。新領主に内定している徳川(とくがわ)納言(だいなごん)だって黙っていない。
 徳川家康は、豊臣政権随一の実力者であり、最大の危険人物でもある。関白直属の奉行である私が、彼を敵に回しては、政権運営に支障が出る。

 そう。だから、誰も得しない。私一人が、民百姓にあざ笑われるだけで万事丸く収まるのだ。三成は己にそう言い聞かせる。