玲夜と共に屋敷へと戻ってきた柚子。
 玲夜が屋敷の中に入ったのを確認してから高道は桜子の様子を見に本家へと向かっていった。
 玲夜は、自分のことは気にせず本家へ行けと言ったのだが、律儀な高道は玲夜を優先させた。
 以前に、いざとなったら桜子より玲夜を優先すると断言した沙良の言った通りになった。
 高道の玲夜至上主義は徹底している。
 こんな時ぐらいは婚約者を優先させたらいいものを。
 しかし、きっと桜子はそれを知っても、納得したように笑いそうである。
 自室で大人しくしていたところへ、玲夜が入ってくる。
 仕事服のスーツから部屋着の着物へと着替えてある。
 桜子のことが心配でならない柚子は、身を乗り出すようにして問いかける。
「玲夜。桜子さんの容態は?」
「大丈夫だ。気を失っている命に別状はない」
 玲夜は柚子の隣に座って、安心させるように柚子の頭を撫でた。
「でも、すごく血が流れてたのに」
 血に濡れた桜子と、現場に飛び散った血の跡が柚子の脳裏をよぎる。
「鬼は柚子が思っているよりずっと頑丈だ。本家には父さんがいるから、今頃傷跡も残さず治療されているだろう。心配することなどひとつもない」
 それを聞いて柚子はほっとした。
「気になるなら明日俺についてくればいい。俺は桜子に話を聞きに本家に行くつもりだから」
「うん、行きたい!」
 そう気持ちを込めて、声にも手にも力を入れた時、手のひらに走った痛みに顔を歪める。
 手のひらを見れば、すっかり忘れていた赤くなった火傷のような跡が残ったままだ。
 玲夜は優しくその手を両手で包み込む。
 青い炎が燃え上がり、少しして消え去った。
 玲夜は手を開いて柚子の手のひらを確認したが、やはりそこには変わらぬ跡が残っている。
 いつもなら玲夜の力で治っていた傷も、なぜか今回は治らない。
 玲夜は忌々しそうに舌打ちをする。
 そして、少しの沈黙が落ち、小さく溜息を吐いた。
「今、手当に必要なものを手配した」
「ありがとう」
「痛むか?」
「少しだけ」
 火傷のように赤くなっているといっても、火傷の痛みとは少し違って痺れるような痛みがあった。
 先程までは桜子のことで頭がいっぱいだったので忘れていたが、赤くなった跡を見ると今さら痛みを感じてくるようになった。
「玲夜は本当に龍が見えなかった? なにも?」
「ああ」
「そっか……。なんだろうね、あれ」
 最初は助けてとしか聞こえなかったが、今日初めて別の言葉を聞いた。
「龍にね、鎖みたいなのが巻き付いてたの。龍はそれを取ってほしそうだった。それでその鎖に触れたら静電気みたいなのが走って、手がこんなことに。……気のせいじゃないよ?」
「ああ。そうだな。桜子のこともある。明日、父さんに聞いてみよう。俺では分からない」
 玲夜は小さく「悪いな」と囁いた。
 玲夜が悪いわけではないが、玲夜はどこか自分を責めているようにも見える。
「信じてくれてありがとう」
 それだけでじゅうぶんだと伝えるように柚子は玲夜に抱き付いた。
 玲夜は無言だったが、柚子を優しく抱き締める。
 ふと、手に温かいものを感じて見てみると、まろとみるくが集まってきていた。
「どうしたの、まろ、みるく?」
 ふんふんと赤くなった方の手の匂いを嗅ぐ。
 あまりにも熱心に嗅いでくるので、ご飯を持っていると思っているのかと思った柚子は、なにも持っていないと手のひらを開いて二匹に見せた。
 すると、その赤い跡のある手のひらの匂いを嗅いでいたかと思ったら、今度はペロペロと舐め始めた。
「心配してくれてるの? くすぐったいよ」
 くすぐったさに小さく笑う柚子は、させたいようにさせていた。
 その間に、玲夜に命じられた雪乃が手当に必要な消毒液や包帯などを持ってきた。
 置く物を置いてすぐに退出していった雪乃が出て行くと、玲夜が消毒液を手に柚子へ声をかける。
「柚子、手を見せろ。手当をする」
 自分でできるのだが、どうやら玲夜がする気満々のようだ。
 そんな玲夜に手を差し出すべく手を移動させようとすると、まろとみるくが必死にしがみ付いて舐めるのを止めない。
「こらこら、もういいよ。手当てできないから」
 最初は微笑ましく見ていた柚子も、あまりのしつこさに困惑する。
 困ったような笑みを玲夜に向ければ、仕方がないというように溜息を吐く。
 すると、突然なにごともなかったかのように二匹は舐めるのを止めてベッドの上で丸くなった。
 気まぐれだなぁと思いつつ、これで手当ができると手のひらを見た柚子は目を丸くした。
「玲夜……」
「どうした?」
「治ってる」
 驚いた顔で玲夜に見せた手のひらには、先程まであった赤い火傷の跡が消えていた。それと共に痛みもなくなっている。
 玲夜も驚いたようで目を見開く。
 玲夜柚子の手を取ってじっくりと観察したり赤くなっていた場所を手で触れて確認したりする。
「痛みは?」
「まったくない」
「霊獣の力か……?」
「そうなのかな?」
 ふたりはそろってまろとみるくに視線を向ける。
 二匹はなにもなかったあのようにベッドであくびをしている。
 とてもそんなすごいことをした後とは思えない普通さだ。
 柚子はこの二匹が霊獣という存在だと聞いてはいたが、普段がまったく猫と変わらぬ様子だったためにあまり実感がなかった。
 けれど、自分の手を治した場面を見てしまった今となっては、やはり普通の猫ではなかったのだと思い知らされた。
「まろもみるくもすごい……」
 驚きすぎてそんな言葉しか出てこなかった。