「ふふ、よかったあ。実はちょっと、心配してたんだよね」

「へ?」

 カグラちゃんはその笑みに、申し訳なさそうな影を落として、

「結果としては無傷でも、ボクの要求した"対価"のせいで、怖い思いをしたでしょ? もう嫌だってこれっきりにされても、おかしくないからねえ」

「そんな……。私はカグラちゃんのせいだとも、ましてや嫌だなんて、まったく考えてないからね」

「うん。彩愛ちゃんは率直だから、見てればよくわかるよ。……そんな彩愛ちゃんだから、知ってほしいんだ」

 カグラちゃんはそっと、パフェへと視線を落として、

「渉がこうやって、この地以外の食材を使ってくれるのはね。ボクがこの家の敷地から、そう簡単には出られないからなんだ」

「……え?」

「ボクはこの敷地に奉られた祠の神狐だからね。祠の元になったのが浅草神社にある被官稲荷神社だから、そこまでなら出れなくもないんだけれど、それでもちょっと大変なんだ。だからボクは、いつだってここにいる」

 視線を上げたカグラちゃんが、なんてことないような顔でにこりと笑む。

「だから渉はボクが少しでも退屈しないようにって、いろんな場所の美味しい食材を探してきてくれてるんだよ」

 優しい子だよねえ、と。
 呟く声には親愛と、慈愛に似た感謝が滲んでいる。
 その柔らかな表情に目を奪われていると、カグラちゃんはいつもの笑顔をぱっと咲かせ、

「ま、そんな風にきっかけは確かにボクだっただけど、今となっては半分は雅弥のためって感じかなあ。雅弥、仕事がないと、ほとんど外でないから」

 もう、健康に悪いのに! と片頬を膨らませるカグラちゃんに、

「……必要ない」

 ロールケーキを咀嚼(そしゃく)しながら反論するも、どこか気まずそうに視線を逸らす雅弥。
 その姿がどうにも母親に叱咤される子のようで、私は思わず「……ふっ」と噴き出した。
 途端、雅弥が不満気に片目を眇める。

「なんだ。……いや、やっぱりいい。どうせ、ろくでもない事を考えているんだろう」

「ろくでもないとは失礼な。……いいなあ、って羨ましくて」

「羨ましい? ならアンタもちょろちょろせず、大人しく家にいたらどうだ」

「ち、が、うっ! 私は雅弥と違って、外の空気吸わないと息が詰まっちゃうタイプだし」

「……回遊魚のようだな」

「だれがマグロよ」

 そうじゃなくて、と私は気を取り直して、

「三人とも、それぞれがお互いを信用してて、しかもちゃーんと尊重し合えている関係でしょ? それが羨ましいって言ったの」