「え? 私はこの通り、かすり傷ひとつなしでピンピンしてるけど……。危ない目?」

 はて、そんなことあったかなと首を傾げる私に、

「……絵が頭上に落下。おまけに階段から落ちかけただろう。もう忘れたのか」

「あ、それ? でもどっちも実害なかったし……。って、あれ? どうしてカグラちゃんがそのことを知っているの?」

 カグラちゃんが私から身体を引いて、くたびれたような顔で鈴をつつく。

「この子がそれはもうすっごく怒って怒って、ずーっとボクに文句を飛ばしてくるんだもん。おかげで耳は痛いし、ホラ、尻尾もぼさぼさ」

 ぽんっと現れた銀色の狐耳と尻尾は、確かに以前見せてもらった時と比べて毛艶(けづや)がない。
 カグラちゃんは再びぽんっと狐耳と尻尾を消すと、

「ともかく、無事でなによりだよお。……雅弥も、"やっぱり"、斬らなかったみたいだしね」

「…………」

 ん? と。
 二人のやり取りに引っ掛かりを覚えたのもつかの間、カグラちゃんはいつものようににぱっと笑って、

「さ、疲れたでしょ? すぐに準備するから入って入ってー! そこのキミも、ちゃーんともてなすから、おいで」

 カグラちゃんお得意のウインクを受けた郭くんは、恐縮したように肩幅を狭くしながら「……ありがとう」と頭を下げた。
 物珍しそうにきょろきょろと店内を見渡す郭くんを連れ、定位置と化している座敷に上がり、腰を落とす。

「ホントはねえ、お葉都ちゃんも来てて、"彩愛様がお戻りになるまで、お待ちしております"って言ってたんだけど……。その子と鉢合わせするとちょっと微妙な気がしたから、さっき帰しちゃったんだよねえ」

 カグラちゃんの用意してくれたおしぼりとお冷で一息つきつつ、私はその姿を脳裏に浮かべて苦笑する。
 たしかに、私が"危ない目に遭った"ことを知ったのなら、きっとお葉都ちゃんは心底心配して郭くんに詰め寄ってしまいそう。

「お葉都ちゃんは、どこまで知ってるの?」

「ちょっと"苦戦"してるみたいってのは、伝えたよ。あとは雅弥が一緒だから、悪いようにはならないはずだって」

 うん、ならこちらから、下手に心配させるような話はしないでおこう。
 そう頷いたその時、上り口から「お疲れ様でした。雅弥様、彩愛様」と声がした。
 見れば柔く笑んだ渉さんが、お盆を手に立っている。
 乗っているのは陶磁器のティーセットが二つと、新緑色の小鉢のような焼物に盛られた、抹茶パフェのような……?