「あー……そういう……。いや、経緯はわかった。家に入れるようになったってんなら、それでいーわ」

 再びトンネルを通り抜け、初めに別れた地点で合流した新垣さんは、私の説明を聞くなり歯切れ悪く頭を掻いた。

「絵のことは、"落下原因は不明。目立った損傷は見当たらなかったため、所定の位置に戻した"っつって、俺から謝っておく」

「すみません、新垣さん。私がもっとうまく対応できていれば……」

「いや、突発的な"事故"じゃ誰にも防げねえよ。ましてや、もともと"怪異"の起きる家が相手だったんだ。そりゃ犠牲のひとつやふたつ出たっておかしくないだろ」

 新垣さんは一瞬、私の横に立つ郭くんをチラリと見遣ったような素振りをしたけれど、それだけ。
 特になにを言及するでもなく、私から家の鍵を受け取ると、ニッと歯を見せて笑い「二人とも、おつかれさん」と労ってくれる。

 ――見えるけど、信じていない。
 それが新垣さんのモットーだと言っていた。
 だから郭くんの姿は見えていても、眼前には私と雅弥しかしないように振舞っているんだと思う。

「んじゃ、帰るとすっか」

 促す新垣さんに頷いて、待ってくれていたタクシーに皆で乗り込む。
 郭くんは私と雅弥の間。車に乗るのは初めてのようで、身体を出来るだけ小さくしながらも、その双眸を興奮に輝かせて窓外を眺めていた。

「そんじゃあ、報酬はいつもんとこ振り込んどくから。気いつけて帰れよー。彩愛さんも、首、お大事に」

 新垣さんと駅で別れた私達は、電車に乗って、浅草の『忘れ傘』に戻ってきた。
 薄い紫地の暖簾(のれん)を目にした途端、早急に甘いものを摂取したくてたまらなくなってくる。

(なんだっけ、こういうの……)

「そうだ、"パブロフの犬"」

「……このまま家に帰ったほうがいいんじゃないか」

「え? 食べる気満々で来たのに、無慈悲すぎない?」

「……あの、ここは……?」

 落ち着かなそうに視線をさまよわせる郭くんに、

「ここが私たちの拠点……というより、たまり場って感じかしらね」

「拠点でもたまり場でもない。アンタが入り浸っているだけだ」

「まあ雅弥はこんな風だけど、ここはみんな優しいし、雰囲気もスイーツも最高なの!」

 告げながら意気揚々と店の扉を開ける。その瞬間。

「おっかえりー彩愛ちゃん!」

「わっ! っと、カグラちゃん……っ」

 飛び込むようにして抱き着いてきたカグラちゃんを受け止めて、「ただいま」と笑む。と、

「怪我とかしてない? ごめんね、ボクのせいで危ない目に遭わせちゃって……」