「ん? なあに?」

「……このハンカチ、借りて行ってもいい? 隠世で罪を償ったら、必ず、返しにくるから」

「もちろん! それは全然かまわないのだけど……うーん、そうねえ……」

 私はぐるりと見渡して、

「何かこの家からも貰っていけたら、きっと心の支えになるだろうし……。あ、ビー玉なんてどう? 一個もらってもいいか、雅弥に電話でちょっと聞いてもらって――」

「……それは、平気」

 少年は頭を振って、

「今度は、"これから"の約束を、支えにしたいから。だからあなたが貸してくれた、コレがいい」

「……そっか」

 私は嬉しさに頬を緩め、軽く膝を折った。
 少年と目線を合わせ、小指を立てる。

「楽しみにしてるから、絶対にね」

「……うん。ありがとう」

 少年の小指が重なる。背後から、「また余計な約束を……」と雅弥の恨めし気な声が飛んできた。
 けれどやっぱり、やめろとは言わない。
 つまり、見逃してくれるってこと。
 雅弥に顔を向け、ありがとうの気持ちを込めてにこりと笑んでみせた。
 と、雅弥は盛大なため息をつきつつ、少年に視線を流し、

「……本当にソレを、隠世に持っていく気なんだな」

 少年が、「……うん」頷く。
 雅弥は渋い顔で「わかった。好きにしろ」と告げると、画面に数度指を滑らせて耳に当てた。
 ……え、なんだろ今の。

(このハンカチのデザインがちょっとラブリーな感じだから、からかわれる可能性があるとかそういう?)

 急に不安になった私は、

「えと、ホントにそのハンカチでいいの? なんか別のモノにする?」

「……僕が持っていったら、困るモノだった?」

「ううん。私は本当に大丈夫だから、あなたさえ良ければ持って行って」

「……よかった」

(うん! この子が平気っていうんだから問題なし!)

 満足したのとほぼ同時に、どうやら新垣さんが電話に出たようで、

「……終わったぞ。戻ってこい」

 端的な命令に、非難するような新垣さんの声が電話口からうっすら届く。
 けれど雅弥は知らん顔で通話を切った。
 えと……うん。頑張って新垣さん……!

「戻るぞ」

「あ、うん。っと、その前にこの階段と絵、元に戻しておかないとね」

 立ち上がった私は雅弥に「はい」と絵を差し出し、

「私たちはビー玉とおはじきの回収をするから、絵はよろしくね」

「…………」

 不承不承、といった様子で絵を掴んだ雅弥が、背に面倒だと貼り付けながら階段を上っていく。