まだ寝返りも出来ない頃から、数枚ずつ。
 丁寧に貼られた写真はページをめくっていくたび、笑顔の数を増やしていく。

『彩愛ちゃんの笑顔は、世界一の特効薬だねえ』

 私が歳を重ね、愛らしい幼児から"大人"へと外見が変わっても、おばあちゃんは私の笑顔を見つけるたび嬉しそうに笑っては、飽きずにそう繰り返していた。
 いつでも私の幸せを願ってくれる人だった。
 それなのに。私がおばあちゃんの死を受け止められず、塞ぎ込んでしまったら。
 きっとおばあちゃんは、自分が私の笑顔を奪ったのだと、責任を感じてしまう。

 ――そんなの、絶対にダメ。

 そうして目の覚めた思いで悲哀を振り切った私は、おばあちゃんと次に会ったときに、笑ってたくさんの"それから"を話そうと決めた。
 死を思い出に押し込めて、強引に前を向いた。
 大好きな人が大好きだった、私の笑顔を守るために。

「……ねえ」

 私は祈るような心地で、はらはらと雫をこぼす少年の水鏡めいた瞳を見つめた。

「あなたが守るべきものは。守らないといけないのは、本当に、この"家"?」

 少年が瞼を伏せる。
 薄い色の睫毛が上下し、まあるい涙がほろりと落ちた。

「……あの人は、ここは自分の宝物だって言ってた」

「……そう」

「優しい人だった。ここにいていいよって、僕に居場所をくれて……。たくさん話をして、たくさん、教えてくれた。ずっと心が温かくて、ずっと一緒にいたいって、思ってた。……でも」

 苦痛に耐えるようにして、少年が服の裾を強く握る。

「……いつも、僕よりも早起きのあの人が、降りてこなくて。おかしいと思ったから、部屋まで見に行ったんだ。そしたら……もう……」

 きっと彼の脳裏には、過去のその場面が。
 うなだれた頭が、後悔に緩く左右した。

「僕は、気が付けなかった。あの人はたくさん、僕にくれたのに。僕は助けることも、傍で手を握ってあげることも……なにひとつ、出来なかった。なにも返せなかった。だから、だからっ……!」

 少年が顔を上げる。
 赤く色付いた瞼を必死に見開き、すべてが詰まった"家"を見上げた。

「あの人は、自分がいなくなったら、きっとここもなくなるだろうって、僕にいったんだ。だから僕は、ここを守ろうって決めた。……僕は、"通さない"しか出来ないから。あの人に返せるのは、もう、それだけだって」

 でも、本当は。
 少年は開いた自身の掌へと視線を落とし、

「僕はあやかしだから、たくさん、時間がある。ここを出たら、あの人のことも、温かったことも、全部忘れちゃいそうで。……それが一番、怖かった」