あやかしの気配はわからないけれど、"悪意"や"敵意"といった感覚には敏感だと自負している。
 実際、高倉さんの"念"から感じた不快感は、未知への恐怖というよりそちらへの嫌悪の方が強かった。
 思えばお葉都ちゃんのときは、そういった私への"負の感情"がなかったからこそ、全然怖くなかったのだと思う。

「そうだ、お話しするのここでどう? いい感じにマットもあって座り心地もいいし。あ、雅弥! 後でこの絵、もとの場所に戻せる?」

「……どうして俺が」

「え? だって私の身長じゃ届かないし。雅弥なら届くでしょ? 新垣さんには私が謝るけれど、元の場所に戻しておいてあげたほうが、絵だって喜ぶと思うのよねえ」

「……相変わらずアンタは自由というか、能天気というか」

 嘆息交じりに首を緩く振って、雅弥が階段を降りはじめる。
 ぱら、ぱらとビー玉のいくつかを落としながら進んで、いまだ面食らったような顔のまま固まる少年に並ぶと、

「このままここにつっ立っているのなら、話は聞かないからな」

「! ごっ、ごめんなさい……!」

 身体を跳ね上げた少年が踏み出し、急いで階段を駆け下りる。
 その行為の危険さを身をもって知っている私は、制止すべく両手を上げて、

「あああいいのよゆっくりで! こけたら危ないから! ……ちょっと雅哉! こっちが聞かせてもらう側なんだから、もっと優しくエスコートしてあげないと……」

「あやかしはアンタと違って身軽だ。コイツは上の手すりから飛び降りて、アンタを受け止めたんだぞ」

「え、飛び降りたの? 裸足なのに……足の裏とか怪我してない?」

「……平気」

 私の眼前まで歩を進めた少年が、ぺたりと膝を折って座りこんだ。
 そして不思議なものでも見るようにしてしげしげと、小首を傾げながら私を見上げ、

「……あなたも、僕が見える人間なのに、優しいね」

「へ? 私は普通に接しているつもりなんだけど……」

「それが、"優しい"ってこと。僕が見える人間は、怯えるか、排除しようとするか……。僕を見て、身体を気遣ってくれる人間なんて、あの人とあなただけ」

 あなたなら、と。少年はその瞳を切なげな期待に瞬かせ、頭を下げた。

「この家を、壊さないで」

「…………え?」

「……お願い」

 戸惑う私の脳裏に、彼をはじめて認識した、廊下での言葉が浮かんだ。
 ――ここは、僕が守らないと。