雅弥は渋い顔のまま少年に双眸を向け、「おい」と発し、

「お前はどうなんだ。……話をする気はあるのか」

 淡い薄曇り色の瞳が、戸惑ったように揺れた。
 彼はおずおずと私に焦点を合わせ、

「……僕の話を、聞いてくれるの?」

「もちろん。力になれるかはわからないけれど……あなたのこと、教えてくれる?」

 少年はぱっと歓喜を咲かせ、こくこくと頷いた。
 頭上からは、地を這うようなため息。

「……わかった」

「! 雅弥それって……っ」

「だが、危険だと判断したら、即座に祓うからな」

 その時は、邪魔をするな。そう言外に漂わせて、雅弥は"薄紫"を退けて鞘に滑らせた。
 チン、と呼応するような納刀音。
 振り返った私は思わず雅弥の腕を両手で掴んで、

「ありがとー! さっすが雅弥さま心が広い!」

 感動のままぶんぶんと振る。と、

「やめろ、痛い」

 腕を引いて逃げた雅弥が、「それでだが」と腕を組む。
 ……そんなに嫌がらなくたって。

「ここでは、そそっかしいアンタが"また"足を滑らせそうで気が散る。場所を変えてくれ」

「あー……うん、ごめんね。つい焦っちゃって……」

 さっきのは完全に私の不注意。少年が支えてくれなかったら、私は無様に階下へと転がり落ちていたに違いない。
 まあ、顔は死守するつもりだったけど!

「……ごめんなさい」

 ぽそりした謝罪は、少年から。彼はぎゅっと眉間を寄せ、

「……僕が、悪いんだ。ちゃんと考えないで、まき散らしちゃったから。絵も……外れちゃうなんて。信じてもらえないだろうけど、あなたたちを、傷つけるつもりはなかったんだ……っ」

「……あああああそうよ絵よ絵!」

「えっ?」

「ちょっ、アンタはまた……!」

「わかってる今度は大丈夫だから!」

 足先で階段に残るビー玉とおはじきを避けながら、手すりをつかんで、慎重にかつ素早く階段を降りる。
 玄関マットの上で伏せている絵まで早足で歩を進め、急いで手にとった。
 木製の額縁にはちょっと傷がついしまっているけれど……急須と折り紙の鶴が描かれた絵そのものには、傷も汚れも見当たらない。

「よかったー、無事だった……!」

 安堵の息をこぼし満足した私は、「あ、ごめんね。さっきの話だけど」と少年を見上げた。

「私たちを傷つけるつもりはなかったっていうの、ちゃんと信じるから安心して」

「! ……信じて、くれるの?」

「信じるもなにも、私を助けてくれたじゃない。それに、アナタからぜーんぜん"敵意"みたいなのは感じないし」