(でも、これは私の決定事項だから)

 どんな返答がこようと意志は曲げない。
 そんな意地を込めて、少しかさついた指先を強く握りしめる。
 と、雅弥は顔を伏せ、

「……アンタは、本当にわけがわからないな」

「へ?」

 顔が上がる。
 私に向けられたのは、どこか挑発めいた、当惑的な笑みだった。

「アンタのことだ。やると言ったらやるのだろう」

 なら、やってみせろ、と。
 そう告げる雅弥の声から、どこか()うような響きを感じたのは、"受け入れてもらいたい"と望む私の錯覚だったのか。
 ぼんやりしていた私の両手から、するりと離れた指先。
 雅弥はすっかりいつも通りの無愛想顔で、部屋をぐるりと見渡した。

「ここには居なそうだな。奥を見てから、二階に上がってみるか」

「あ、うん!」

 歩みだした雅弥の背を追いかけ、再び廊下に出る。
 けれど私の思考は、先ほどの衝撃にとらわれたまま。

(雅弥って、笑えるんだ……)

 初めてみた。うん……笑うとちょっと、いつもより幼く見えるかも。

(って、ぼやっとしてたらダメダメ! 今はいつ何が現れるかわからないんだから、集中しなきゃ)

 守ると宣言したのだから、絶対に、なにがなんでも二人で無事に帰ってみせる!
 両手で頬を叩いて気合を入れなおした私は、雅弥の生温い視線を受け流しつつ途中でトイレを覗いて、それから廊下奥の浴室へと向かった。

「……せめて、私にも気配がわかればなあ」

 風呂場の扉を開ける雅弥の背後。洗濯機の蓋を上げながら呟くと、

「一度分かるようになってしまうと、望まずとも"感じる"ようになる。アンタが思っているよりも面倒だぞ」

「うーん、でもやっぱり少しくらい戦力になりたいというか。高倉さんの"念"が見えた時は、嫌な感じがしたんだけどなあ……」

「それはおそらく、あの"念"の標的がアンタだったからだろう。のっぺらぼうの時もそうだが、特定の個人に何かしらの執着が向けられている場合と、こちらから意図的に気配を察知するのではワケが違う」

「へえー、なんか複雑なのね」

 そう返した途端。
 ――リン、と。どこか遠くから聞こえた、軽やかな鈴の音。
 私は顔を跳ね上げ、

「! 雅弥いまの……っ」

「なんだ?」

「鈴のおと! 聞こえなかった――って、玄関に鈴なんてついてたっけ?」

「あ、おいっ!」

 呼ばれるようにして、私は廊下を覗き込む。
 瞬間、息をのんだ。
 二階へと通ずる階段横。玄関の上り口に、小学生くらいの男の子が立っている。