カグラちゃんはどうして、"対価"に同行を望んだのだろう。
 わからない。でも今はその理由よりも、中にこもる"誰か"に会いたいって、その気持ちのほうが強い。
 緊張に、鼓動が速まる。
 くぼんだ引手にかかった雅弥の指先が、ぐっと力を込めて丸まった。

(とうとう、中に――)

「……あ、あれ?」

「……新垣の言っていた通りだな」

 予想通りだとでもいう風にして、雅弥が手を退ける。
 え、あ、そうだった。そもそも"中"に入れないって話だった!

「ごめん、私にも試させて!」

 先ほどまでの緊張をうまく処理しきれなくて、歩を進めた私は引手に両手をかけ、力の限りを込めた。

「……あかない」

「だから、そう言っているだろう」

 悔しさに反対側の扉を押してみたり、上下に揺らしてみようとする。けれどもやっぱり、ピクリとも動かない。
 これではまるで扉というより、塗り固められた厚い壁のような。

「もしかして本当に、呪いだったり?」

「……いや」

 慎重な面持ちで戸に触れた雅弥は、その向こう側を透視するかのようにじっと見つめると、

「……これはあやかしの術だな。俺達がこじ開けようとしているのに、気付いたようだ。随分と気配が濃い」

 ふと、眉間に微かな皺を寄せて、雅弥が私に顔を向けた。

「……アンタは、なにか感じないのか」

「え? う、うん。あの黒い靄を見ちゃった時みたいに、変な感じもしないし……」

「……そうか」

 一瞬、呆れられたのかと思ったけど、よくよく見ると雅弥は私の返答に考えるような素振りをしていた。
 おもむろに布鞄を開く。取り出したのは、もはや見慣れてきたあの美しい(こしらえ)の――。

「万年筆の"薄紫"……っ!」

「万年筆じゃない。便宜上、普段はペーパーナイフを模した姿をしているだけだ」

 "薄紫"、と。呼ぶ雅弥に応えるようにして、閃光の中から刀が現れた。
 もしかしてこの変化(へんげ)も、"化け術"の一種?
 となるともしかして、この刀ってあやかしだったり……?

「って、ちょっとちょっと!」

 私は慌てて雅弥の手を両手で抑え、

「まさか、扉を斬るつもり? いくら取り壊し予定の家だからって、勝手に壊したら駄目でしょ……! せめて新垣さんに許可をもらってから――」

「違う」

 雅弥は空いていた左手で、私の制止を引き剥がし、

「術を破るだけだ。扉は斬らない。……下がっていろ」