お父さんも、お母さんも。私の大切な場所だからって、なんとか残す方法を必死に探してくれていた。
 けれど私だって、もうあの家だけが"宝箱"だった、子供じゃない。

『――壊そう』

 そう告げて、手放すことを選んだのは、私だった。

「壊す前にね、私も家の中を整理しに行ったんだ。そしたら、自分じゃすっかり忘れてた昔のことも、面白いくらい思い出して……。それでやっと、お祖母ちゃんを心の中に移せた。……あの家で一人、想い出を懐かしんでいたお祖母ちゃんを、迎えに行けたような気がしたの」

 だから、と。私は再び雅弥に視線を戻し、

「もし、この中で"待っている"のがお爺さんなら、迎えにいきたい。私は娘さんじゃないけど、"見える"から。娘さんに……誰かに伝えたいことがあるのなら、私が代わりに伝えてあげられる。遺したいモノがあるのなら、私が娘さんに、頼んであげられる。そうでしょ?」

「……親子だからと、好意的な情で結ばれているとは限らないが」

「ん? ごめん、よく聞こえなかったんだけど、もう一回いい?」

 聞き返した私に、雅弥は「いや、必要ない」と腕を組んで、

「中にいるのが別のモノなら、どうするんだ?」

「うーん、その時はこの家にいる理由を聞いて、平和的に出て行ってもらえるのが一番なんだけどね。ひとまずヤバそうなヤツだったら、全力で逃げる! それなら雅弥の邪魔にならないでしょ?」

「……アンタごときが簡単に逃げられる相手ならば、いいんだがな」

「今日はパンツにスニーカーで来てるし、なんとかなるでしょ!」

 元気に宣言した私に背を向けて、雅弥は大きなため息をひとつ。と、

「アンタと話していると、調子がくるう」

「それってもしかして、褒めてくれてる?」

「違う、呆れているんだ」

 雅弥はこれで最後だと、肩越しに視線だけを寄こし、

「……本当にいいんだな」

「望むところよ。それになんてったって、私には"お守り"の鈴があるんだもの。きっと上手くいく」

 ね! と同意を求めるようにして、ボディバッグのファスナーに下がる鈴を揺らす。
 見えたほうがいいかなと、スマホから付け替えてきたのだけれど……。
 返事はおろか、鈴はやっぱり、音一つ返してくれない。
 雅弥は再び息をこぼしたけれど、反論は返って来なかった。
 諦めたように頭を緩く振り、それから顔を引き締め、戸に手をかける。

「……いくぞ」

「――うん」