「ホントに行っちゃうんだ……」

「……こっちもいくぞ」

「あ! ちょっと待ってよ」

 去り行く新垣さんに一ミリの未練もなく、雅弥はさっさとトンネルに踏み込んでしまう。
 私は駆け足で、その後ろに続いた。

 薄暗い。けれど既に向こうの景色が見えていて、ほんの数分で抜けられそうな距離しかない。
 以前からあまり車の往来もないのか、ひび割れたアスファルトの隙間からは草が生え、それも足首ほどまで育っている。

「……なーんか、ホントに何か"見えて"もおかしくない雰囲気」

 塗装のはげ落ちた壁を見遣りながら言うと、雅弥はちらりと肩越しに一瞬だけ眼を向けて、

「怖いのか?」

「ううん。私けっこうホラーとか好きだから、むしろちょっとワクワクしてる」

「……そうか」

「もしかして、"キャー怖いー"って抱き着いたりしてほしかった? って、わっ……と」

 慌てて歩を止めたのは、前を行く雅弥が急に立ち止まったから。
 どうしたの、と尋ねようとした途端、雅弥はくるりと振り返り、

「そんな軟弱なことを言うヤツならば、カグラが何と言おうと力づくで置いてきた。アンタは遠足気分なのかもしれないが、俺にとっては"仕事"だ。安全だという保証もない。よく心しておけ」

 睨むようにして言い切った雅弥は、再び背を向けて、先を進んでいく。

(……ちょっと、ふざけすぎちゃったかな)

 そうだ、これは雅弥の"仕事"。
 それに、あの家にいる"何か"が、本当に亡くなったお爺さんの霊なのかどうかもわからない。

「……ごめん、雅弥。邪魔しないように、おとなしくしてる」

 前を行く肩が、かすかに揺れた気がした。私たちの足音だけが、薄暗いトンネル内に反響する。
 雅弥が口を開いたのは、もう間もなく出口だという寸前で、

「……期待はしていないが、せいぜい努力するんだな」

***

「……ここ、だよね」

「そのようだな。新垣から聞いていた特徴と一致する」

 目的の家は、トンネルを抜けてすぐに見つかった。
 錆の目立つトタン屋根の、二階建て住宅。
 心和む薄い緑色で塗られていたと思われる壁はくすんでいて、その一部にはつる状の葉が我が物顔で勢力を伸ばしている。

 視線を下にやると、伸び伸びと育った草花。
 なんだかそれが、手入れをする人がいなくなってしまった事実を視覚化しているようで、少し物悲しい。
 窓という窓のすべてには白いカーテンがひかれていて、中の様子は伺えない。

 雅弥が閉ざされた黒い鉄製の門扉に手をかけると、剥がれた塗料がパラパラと落ちた。