浅草お狐喫茶の祓い屋さん~あやかしが見えるようになったので、妖刀使いのパートナーになろうと思います~

 どこか断定的な問いに、私は視線を落とした。

「……ごめんなさい、わからないの。――おばあちゃんが、くれたから」

 そう答えた私の顔を、カグラちゃんがじっと見つめる。
 何かを探るような眼。
 けれどもそれはほんの数秒で、すぐに表情を緩めたカグラちゃんは朗らかに「そっか」と頷いた。

「会ってみたかったなあ、彩愛ちゃんのおばあちゃん。こんなに強くて優しい"護り"の気を込めれるんだもん。きっと、素敵な人だったんだろうね」

 そう。とても優しくて、強い人だった。私の大切な家族のひとり。
 焦がれるようにして懐かしい祖母の姿を思い起こし、私は「そうね」と同意を返す。
 それから、はたと気が付いて、

「え? ちょっと待ってカグラちゃん。それってつまり、おばあちゃんがこの鈴にその"護り"の気を込めたってこと?」

 私の驚愕に気付いたのか、カグラちゃんは「うん?」と小首を傾げ、

「そうだと思うよ。彩愛ちゃんの"気"と似た感じがするし、馴染みもいいから」

「……その、"気を込める"って、"普通"の人にも出来ることなの?」

「うーんと、単純に"気を込める"ってだけなら、普通の人にも可能だよ。想いを込めるって言ったほうがわかりやすいかな。昔から、大切な人に"お守り"を作って渡したりするでしょ? 特別な日のお弁当とかもそうだね。そういう、気持ちを込めて作られたモノには、"想い"がつくから」

 ていっても、と。
 カグラちゃんは鈴に視線を流し、

「この子に込められているのは、そういったレベルの"想い"ではないかな。ある程度"知識"があって、"力"のある人の込め方だもん。だから雅弥も最初、彩愛ちゃんがお葉都ちゃんを"知ってて放置してる"んじゃないかって、間違えたんだよね」

 からかうような視線を受けた雅弥が、ふいとそっぽを向く。
 つまり、肯定。
 なるほどそれで、最初に出会った夜に、「なぜ処理しない」とかなんとか言ってきたワケ。

(それはそうとして……)

 おばあちゃんには、普通ではない"力"があった?
 そんな話、一回も聞いてない。素振りすらなかった、と思う。たぶん。
 だって私の知っているおばあちゃんは、"普通"の、どこにだっている強くて優しいおばあちゃんで――。

「……"見える"というのは、平凡を壊す」

 低い声に、私は顔を跳ね上げる。
「自身とは違った、異質を拒絶する者は多い。"見える"というだけで、理不尽な悪意を向けられる場合もある。おそらくアンタの祖母は、そうした有象無象からアンタを守りたかったのだろう。だから告げなかった。……"護り"の気を込めたその鈴が、何よりの証拠だ」

「雅弥……」

 混乱する私をフォローしてくれた、んだよね。
 私は苦笑を浮かべて、

「ごめん、ちょっとビックリして。でもそっか……本当に、お守りだったんだね、これ」

『これはね、お守りの鈴なのよ。だからいつも一緒にいないと駄目だからね。いざって時にきっと、助けてくれるから』

 そう言ったおばあちゃんは、言葉通り、"そうであって欲しい"と強い願いを込めてくれたってこと。
 うん。なんか、納得。
 想いの込め方がどうとか、関係ない。
 その根底にあるのは、私のよく知る、包み込むような強さと温かな優しさ。

(お祖母ちゃんの"気"が込められた子、かあ)

「この子はカグラちゃんやお葉都ちゃんみたいに、姿はないの?」

「そこまではまだ難しいかな。けれどちょっとした"きっかけ"があれば、姿を持つ可能性もゼロじゃないよ」

「そっかあ……それじゃあ私は、この子とお喋りできないのね」

「残念だけど。今のこの子が報せを飛ばせるのは、力を分けたボクだけなんだ。でも、声はちゃんと聞こえてるから、話しかけてあげたら喜ぶと思うよ」
「そうなの? それじゃあ張り切ってお話しなきゃ!」

 意気揚々と鈴を掌に乗せると、

「……あまりしつこく絡むと、うざがられるからな」

 雅弥の嫌味がチクりと飛んでくる。
 私は唇を尖らせつつ、「はいはい、ちゃんとわきまえますよ」とだけ返して、気持ちを鈴に集中した。
 伝わるように。聞こえるように。心から想いをかたどる。

「助けてくれて、ありがとうね。それと……ずっと疑っていて、ごめんなさい」

 鈴はやっぱり黙ったままで、何一つ変化もない。
 だから許してくれたのか、愛想をつかされてしまったのか、私には判断がつかないけれど。

 いつか、ちゃんとお話しが出来る時が来たら、その時は私の知らないおばあちゃんのことも教えてほしいな、なんて。
 図々しくも、そう願ってしまう。
「それじゃあ、種明かしも済んだところで」

 喜々として手を合わせたカグラちゃんの声に、私は意識を"今"に向けた。

「ボクの勝手とはいえ、ボクが色々と手助けをしたことで、彩愛ちゃんが助かったってことになるでしょ?」

「うん、そうね。カグラちゃんも、本当にありがとう」

「ううん。彩愛ちゃんが無事で良かったよ。でね、ボクって一応"神様"だからさ、手助けした分はちゃんと"対価"を貰わなといけなくて」

 ……そういうこと。
 だから雅弥は、"俺には"必要ないって言ったんだ。私が"払う"べき相手は、カグラちゃんだから。
 全てを理解して覚悟を決めた私は、正座して、カグラちゃんに向き合う。
 "神様"の望む"対価"が、私にも払えるモノだといいのだけど。

「どうぞ、どーんと言ってちょうだい」

「わーい、ありがとー! 彩愛ちゃんは話が早くて助かるよー!」

 カグラちゃんが正面からぎゅうぎゅうと抱き着いてくるも、すっかり慣れてしまった私は、とくべつ抵抗することもなく、

「対価とか、そーゆーの。ちゃんと理解しているってわけじゃないけど、カグラちゃんが必要だって言うのなら、なんだって渡すわよ」

「……まがりなりにも"神"相手に、滅多なことは言わない方がいいぞ」

「そうなの?」

「ふふ、そうだね。神サマってのはけっこう身勝手で、欲もふかーい存在だからね。ボクみたいにさ」

 カグラちゃんみたいに?
 そう言われると、余計にそこまで警戒する必要があるなんて思えないんだけども……。
 子猫のようにじゃれついていたカグラちゃんが、私から身体を退き、「それじゃあ、彩愛ちゃん。覚悟はいーい?」と小首を傾げた。

 うん、カワイイ。きゅるんきゅるんなどんぐり(まなこ)にノックアウトされつつ、私は「どうぞ」頷く。
 途端、カグラちゃんはにいっと双眸を細めた。
 その顔は、悪だくみを思いついた悪戯っ子のようにも、慈悲深き仏の微笑みのようにも思えて……。
 ――あ、なんか"神様"っぽい。

「あのね、ボクのお願いを叶えてほしいんだ」

「お願い?」

 カグラちゃんの顔から、笑みが消えた。

「雅弥の次の"仕事"に、同行して」
 初めて訪れた駅でタクシーを拾い、住宅街から離れ、草木の主張が強くなった細道で降りて歩くこと十数分。
 うっそうとした一本道を飲み込むようにして、黒くぽっかりと開いた小さなトンネルが見えてきた。
 その前に立つ、ひとりの男性。

「――おう、来たな」

 向かう私と雅弥に気付いた新垣さんが、軽い調子で片手を上げた。
 今日は前回のようなスウェットではなく、オーバーサイズのカットソーにジーンズとシンプルながらも外出着らしい格好をしている。

「お久しぶりです、新垣さん」

 会釈をして側に寄ると、「あれから二週間か? ああ、そうだちょっと待て」とボディバッグを漁り、「ん」と小袋を差しだした。

「この間のハンカチ。クリーニング出しといたかんな」

「わ、すみませんお手間をかけて。おいくらでした?」

「あ? いいってそんなん。なんたって、今回はいつもみてーに憑いたまんまぶった斬られた"重傷者"を拾うことにならずに済んだしな。ひでーと数か月は余裕で目え覚まさないんだぜ、アレ」

 高倉さんは、病院に搬送されてから十数時間で目覚めたらしい。新垣さんから電話があったと、雅弥が教えてくれた。
 けれど目覚めたところで、本人は"念"に憑かれていた時のことを、うすぼんやりとしか覚えていない。
 高倉さんは"予想通り"精神面に問題ありと診断され、怪我の治療と共に暫くは入院することになったという。

 当然、会社もしばらくは休職扱い。
 部長は「高倉くんが暫く休職することになったそうだ」と告げただけで、理由は言わなかったけれど、みんな高倉さんのそれまでの奇行っぷりを見ていたせいか、「ああ、やっぱり」とすんなり受け止めていた。

「そんで? 一緒に来たってことは、彩愛さんは雅弥の助手に転職したのか?」

「え!? いえ違います! 今回はその、"対価"ってやつで」

 慌てて両手を振る私の隣で、巾着型の布鞄を手にした雅弥が腕を組み、大きくため息をついた。

「事前に説明していただろう。からかうな。それとも、もう忘れたか」

「ちげえよ。もしかしたら、あの電話の後に上手いことそーなってねえかなーって期待してたんだ」

 新垣さんはべ、と雅弥に舌を出してから、私に向き直り、

「どっちにせよ、今回は彩愛さんも来てくれて助かったわ。コイツひとりだと祓うだけで、詳しいことはちゃんと教えてくれないからよ」

 じとりと不満気に睨む双眸にも、雅弥は一切動じない。
 新垣さんは諦めたように深く息を吐き出してから、

「ガチでよろしくな、彩愛さん。んじゃ、さっそく本題なんだけどよ」

 表情を引き締めた新垣さんが、トンネルを見遣る。

「この先に、爺さんが一人で住んでた古い家があるらしいんだけどな。その爺さん、二か月前に他界されたみてーで。んで、娘さんはその家を壊して土地を売ることに決めたんだが、面倒なことが起きちまった」

「面倒なこと、ですか?」

「解体前に少しでも片付けようと思って家に行ったら、中に入れなかったらしい」

 トンネルを眺めていた新垣さんが、私と雅弥に視線を移す。

「鍵は確実に開けたのに、玄関の扉はピクリとも動かねえ。裏口も駄目。仕方なしに窓を割って入ろうとしたら、内側のカーテンが揺れたんだと」

「え……それってまさか、幽霊とかそーゆー?」

「それを調べてきてほしいっつーことだ、彩愛さん。その娘さんは、人影のようなものが見えた"気がする"とも言ってたみてーでな。そんで最初に相談受けたヤツも、不法侵入者の可能性を疑って……ほら、空き家に勝手に住み着いてるとかも、実際あるからな」

 新垣さんは困ったように息をついてから、

「そんで調べに行ったらしいんだが、そいつも入れなかったどころか、追い払うみてーにして庭の石が飛んできたって言うんだ。おまけに風もないのに窓がガタガタ揺れたつって、すっかり怯えてやがる。死んだ爺さんの"呪い"じゃねえかって。つーわけで、俺に話が回って来たってワケだ」

「……新垣さんって、怪異案件担当とかなんですか?」

「あーいや、基本的には普通の刑事やってっぞ? ただここんところ、そーゆー"見てもらいたい"案件は俺に回せ、みたいになってんだよ。その筋のヤツと繋がりあるからって」

 鋭利な双眸を細めて、新垣さんがどこか小馬鹿にするように鼻を鳴らす。

「刑事のくせに詐欺師に引っかかってんのかって、最初の頃は笑いモノにしてたくせになあ。今じゃ調子のいいこった」

 その眼に映っているのは、たぶん、過去の色々。
 今は触れないでおくのが正解だろうなと判断した私は、雅弥に視線を転じた。

「確認なんだけど、雅弥って"呪い"も祓えるの?」

「……呪詛の種類によるな。だが聞いている限り、今回のはそうした類ではないだろう」

 祓えるんだって驚きと、とはいえ万能ではないんだなって落胆と。

「……なんだ。言いたい事があるのなら、言えばいいだろう」

「……いえ、大丈夫です」

 どちらにせよ、自身の能力をきちんと把握している本人がこうも落ち着き払っているのなら、安心できる。
「んじゃ、コレ鍵な」

「へ?」

 掴み上げられた掌に、ぽんと鍵が一本落とされた。
 あまりの突然さに間抜けな顔で見上げると、

「俺は駅前のラーメン屋にいっから、終わったら連絡くれ」

「え? ちょ、新垣さん無しで勝手に上がっちゃっていいんですか!?」

「ヘーキヘーキ。娘さんにも許可はとってっし、何が見えようと"信じない"俺がいた所で、出来ることもねえし。雅弥も俺がいると嫌がるかんな。心配ねーよ」

 そうなの? と雅弥を見遣ると、

「一人の方が、余計な手間がかからないからな」

(あ、これあまり追及しちゃダメなやつだ)

 カグラちゃんが私に同行の"お願い"を告げたとき、雅弥は全力で拒否していた。
 それでも"対価"だからとカグラちゃんに押し切られ、しぶしぶ雅弥が折れた形になっている。やっぱり神様だからか、カグラちゃんのほうが力関係が上らしい。

 私を見下ろす含みを帯びた双眸からは、本心では、今からでも私を帰したいのだとひしひしと伝わってくる。
 察した私は無理やり視線を切るようにして、「そ、それはそうと」と新垣さんを見上げた。

「調査するのは、そのおウチなんですよね? どうして家の前じゃなくて、このトンネル前で待ち合わせだったんですか?」

「あー、それな」

 新垣さんは言い難そうに頭をかいて、

「この辺に住んでる人間って少ねーかんな。何かあると、あっという間に話が広がっちまうんだよ。"噂話"には尾ひれが付き物だかんな。おまけにこのトンネル、見た目からして"いかにも"って感じだろ?」

「……と、いうと?」

「亡くなった爺さんの霊が、あの家に近づこうとするヤツにこのトンネルで悪さしてる……ってことになっちまってるみたいなんだよ。タクシーでも、なんか言われただろ」

 ああ、それで。
 雅弥と共に乗り込んだタクシーで、このトンネルまでとお願いした瞬間、運転手さんは顔を曇らせて「すみませんが、その近くのバス停まででいいですかね」と交渉してきた。
 だからそこから歩いてきたのだけど……そういう事情だったとは。

「でも、トンネルでは出ないんですよね?」

「今んとこ、"ちゃんとした"報告は上がってきてねえな。つっても、誰が確かめたワケでもねーし、"絶対"とは言い切れない。この先は用心して行ってくれ。そんじゃ、また後で」

 片手をあげた新垣さんが、あっさり背を向けて歩いて行ってしまう。
「ホントに行っちゃうんだ……」

「……こっちもいくぞ」

「あ! ちょっと待ってよ」

 去り行く新垣さんに一ミリの未練もなく、雅弥はさっさとトンネルに踏み込んでしまう。
 私は駆け足で、その後ろに続いた。

 薄暗い。けれど既に向こうの景色が見えていて、ほんの数分で抜けられそうな距離しかない。
 以前からあまり車の往来もないのか、ひび割れたアスファルトの隙間からは草が生え、それも足首ほどまで育っている。

「……なーんか、ホントに何か"見えて"もおかしくない雰囲気」

 塗装のはげ落ちた壁を見遣りながら言うと、雅弥はちらりと肩越しに一瞬だけ眼を向けて、

「怖いのか?」

「ううん。私けっこうホラーとか好きだから、むしろちょっとワクワクしてる」

「……そうか」

「もしかして、"キャー怖いー"って抱き着いたりしてほしかった? って、わっ……と」

 慌てて歩を止めたのは、前を行く雅弥が急に立ち止まったから。
 どうしたの、と尋ねようとした途端、雅弥はくるりと振り返り、

「そんな軟弱なことを言うヤツならば、カグラが何と言おうと力づくで置いてきた。アンタは遠足気分なのかもしれないが、俺にとっては"仕事"だ。安全だという保証もない。よく心しておけ」

 睨むようにして言い切った雅弥は、再び背を向けて、先を進んでいく。

(……ちょっと、ふざけすぎちゃったかな)

 そうだ、これは雅弥の"仕事"。
 それに、あの家にいる"何か"が、本当に亡くなったお爺さんの霊なのかどうかもわからない。

「……ごめん、雅弥。邪魔しないように、おとなしくしてる」

 前を行く肩が、かすかに揺れた気がした。私たちの足音だけが、薄暗いトンネル内に反響する。
 雅弥が口を開いたのは、もう間もなく出口だという寸前で、

「……期待はしていないが、せいぜい努力するんだな」

***

「……ここ、だよね」

「そのようだな。新垣から聞いていた特徴と一致する」

 目的の家は、トンネルを抜けてすぐに見つかった。
 錆の目立つトタン屋根の、二階建て住宅。
 心和む薄い緑色で塗られていたと思われる壁はくすんでいて、その一部にはつる状の葉が我が物顔で勢力を伸ばしている。

 視線を下にやると、伸び伸びと育った草花。
 なんだかそれが、手入れをする人がいなくなってしまった事実を視覚化しているようで、少し物悲しい。
 窓という窓のすべてには白いカーテンがひかれていて、中の様子は伺えない。

 雅弥が閉ざされた黒い鉄製の門扉に手をかけると、剥がれた塗料がパラパラと落ちた。
 ぎい、と。重く錆びついた音を響かせ、開かれた扉。
 躊躇なくまっすぐに玄関へと歩を進める背を追って、敷地内へ踏み入れた。
 雅弥が引き戸の前で立ち止まる。すると、左手だけを私に向け開いて、

「鍵、よこせ」

「なっ」

 なによ、その言い方。そういいかけて、私は咄嗟に口を噤んだ。
 先ほどトンネル内で、雅弥に怒られたばかりだった。

「……はい」

 新垣さんから受け取っていた鍵をその掌に乗せる。
 と、引き戸を見上げていた雅弥は私に顔を向けて、怪訝そうに眉をしかめた。

(なによ、素直に渡したのに!)

 背後で歯噛みする私なんて気にも留めずに、雅弥は何を言うでもなく再び引き戸に顔を向けて、鍵を扉に挿しこんだ。
 がちゃり。くるりと回った鍵穴が、開錠を示す。

(とうとう、中に――)

 緊張に喉が鳴る。
 刹那、雅弥が振り返った。

「……そこで待っていてもいいが、どうする」

「へ?」

「カグラからの指示は、"同行"だけだろう? "調査"をしてこいとは言われていないはずだ」

「――あ」

 本当だ。つまり私の"対価"は、この場について来ただけでクリア出来ている。
 雅弥としては、私をここで待たせたいのだろう。わかってる。
 だって私はただ"見える"ってだけで、雅弥みたいに"特別"な力はない。
 私はただの、"足手まとい"。
 ――わかっては、いるんだけども。

「……お願い、雅弥」

 両の掌を握りしめて、私は雅弥へ一歩を進めた。

「何か起きたら、私のことは見捨ててくれていいから。一緒に行かせてくれない?」

「……それは、あやかしへの好奇心か? それとも、俺の"異質さ"を、見世物のように楽しんでいるだけか?」

 これはまた、随分とトゲのある。
 けれど強い言葉とは裏腹に、その眼はどこか私の真意を測りかねているように、戸惑いが見え隠れしている。

("異質さ"を見世物のように楽しんでいる、ね)

 きっと、そうされた過去があるのだろう。
 ううん、それが"普通"だって。飛びぬけた"個性"は良くも悪くも人に執着を生むものだと、私は身をもって知っている。
 だからこそ、心の底から嫌悪をにじませて、否定した。

「まさか」

「……なら、なぜ」

 私は顎先を上げ、眼前に佇む家を見上げる。

「私、ほとんどお祖母ちゃんの家で育ったんだけど、その家、お祖母ちゃんが死んじゃった後に、壊したの。屋根瓦が落ちちゃうくらい古くって、そのままにしておくと、危なかったから」
 お父さんも、お母さんも。私の大切な場所だからって、なんとか残す方法を必死に探してくれていた。
 けれど私だって、もうあの家だけが"宝箱"だった、子供じゃない。

『――壊そう』

 そう告げて、手放すことを選んだのは、私だった。

「壊す前にね、私も家の中を整理しに行ったんだ。そしたら、自分じゃすっかり忘れてた昔のことも、面白いくらい思い出して……。それでやっと、お祖母ちゃんを心の中に移せた。……あの家で一人、想い出を懐かしんでいたお祖母ちゃんを、迎えに行けたような気がしたの」

 だから、と。私は再び雅弥に視線を戻し、

「もし、この中で"待っている"のがお爺さんなら、迎えにいきたい。私は娘さんじゃないけど、"見える"から。娘さんに……誰かに伝えたいことがあるのなら、私が代わりに伝えてあげられる。遺したいモノがあるのなら、私が娘さんに、頼んであげられる。そうでしょ?」

「……親子だからと、好意的な情で結ばれているとは限らないが」

「ん? ごめん、よく聞こえなかったんだけど、もう一回いい?」

 聞き返した私に、雅弥は「いや、必要ない」と腕を組んで、

「中にいるのが別のモノなら、どうするんだ?」

「うーん、その時はこの家にいる理由を聞いて、平和的に出て行ってもらえるのが一番なんだけどね。ひとまずヤバそうなヤツだったら、全力で逃げる! それなら雅弥の邪魔にならないでしょ?」

「……アンタごときが簡単に逃げられる相手ならば、いいんだがな」

「今日はパンツにスニーカーで来てるし、なんとかなるでしょ!」

 元気に宣言した私に背を向けて、雅弥は大きなため息をひとつ。と、

「アンタと話していると、調子がくるう」

「それってもしかして、褒めてくれてる?」

「違う、呆れているんだ」

 雅弥はこれで最後だと、肩越しに視線だけを寄こし、

「……本当にいいんだな」

「望むところよ。それになんてったって、私には"お守り"の鈴があるんだもの。きっと上手くいく」

 ね! と同意を求めるようにして、ボディバッグのファスナーに下がる鈴を揺らす。
 見えたほうがいいかなと、スマホから付け替えてきたのだけれど……。
 返事はおろか、鈴はやっぱり、音一つ返してくれない。
 雅弥は再び息をこぼしたけれど、反論は返って来なかった。
 諦めたように頭を緩く振り、それから顔を引き締め、戸に手をかける。

「……いくぞ」

「――うん」