初めて訪れた駅でタクシーを拾い、住宅街から離れ、草木の主張が強くなった細道で降りて歩くこと十数分。
 うっそうとした一本道を飲み込むようにして、黒くぽっかりと開いた小さなトンネルが見えてきた。
 その前に立つ、ひとりの男性。

「――おう、来たな」

 向かう私と雅弥に気付いた新垣さんが、軽い調子で片手を上げた。
 今日は前回のようなスウェットではなく、オーバーサイズのカットソーにジーンズとシンプルながらも外出着らしい格好をしている。

「お久しぶりです、新垣さん」

 会釈をして側に寄ると、「あれから二週間か? ああ、そうだちょっと待て」とボディバッグを漁り、「ん」と小袋を差しだした。

「この間のハンカチ。クリーニング出しといたかんな」

「わ、すみませんお手間をかけて。おいくらでした?」

「あ? いいってそんなん。なんたって、今回はいつもみてーに憑いたまんまぶった斬られた"重傷者"を拾うことにならずに済んだしな。ひでーと数か月は余裕で目え覚まさないんだぜ、アレ」

 高倉さんは、病院に搬送されてから十数時間で目覚めたらしい。新垣さんから電話があったと、雅弥が教えてくれた。
 けれど目覚めたところで、本人は"念"に憑かれていた時のことを、うすぼんやりとしか覚えていない。
 高倉さんは"予想通り"精神面に問題ありと診断され、怪我の治療と共に暫くは入院することになったという。

 当然、会社もしばらくは休職扱い。
 部長は「高倉くんが暫く休職することになったそうだ」と告げただけで、理由は言わなかったけれど、みんな高倉さんのそれまでの奇行っぷりを見ていたせいか、「ああ、やっぱり」とすんなり受け止めていた。

「そんで? 一緒に来たってことは、彩愛さんは雅弥の助手に転職したのか?」

「え!? いえ違います! 今回はその、"対価"ってやつで」

 慌てて両手を振る私の隣で、巾着型の布鞄を手にした雅弥が腕を組み、大きくため息をついた。

「事前に説明していただろう。からかうな。それとも、もう忘れたか」

「ちげえよ。もしかしたら、あの電話の後に上手いことそーなってねえかなーって期待してたんだ」

 新垣さんはべ、と雅弥に舌を出してから、私に向き直り、

「どっちにせよ、今回は彩愛さんも来てくれて助かったわ。コイツひとりだと祓うだけで、詳しいことはちゃんと教えてくれないからよ」

 じとりと不満気に睨む双眸にも、雅弥は一切動じない。