「さっさと大元を探るなり、護衛をつけるなり、"祓い屋"としてすべきことはいくらでもあった。俺の怠慢が、アンタを傷つけた。すまない」

 黒い頭が、静かに下がる。私はフォークを置いて、告げるべき言葉を探していた。
 この謝罪はきっと、"祓い屋"としての矜持(きょうじ)も含んでいるのだろう。そう感じるからこそ、拒んでは駄目だと思う。

 だから私は悩んだ末に、「ありがとう」と口にした。
 雅弥が顔を跳ね上げる。
 は? と言いたげな驚き(まなこ)に小さく噴き出してから、私は慎重に"本心"を(つら)ねた。

「雅弥が……"祓い屋さん"がいなかったら、私はきっと、ここにいることも無かった。助けられたのよ。私は、アナタに」

 雅弥が来てくれなかったら。雅弥があと、数十秒でも遅ければ。
 私の喉はあのまま潰されて、二度と酸素を吸い込むことはなかっただろう。

「それに、私を気遣ってくれたからこそ、"念"を引き剥がすチャンスをくれたんでしょ? 一歩間違えれば自分の命が危ないのに、それでも私の我儘を優先してくれた。本当に、心から感謝してる」

 だから、と。私はちょっとだけ悪戯っぽく笑んで、

「"次"は、アナタの納得いくやり方で助けてね」

 夜を閉じ込めたような雅弥の瞳が、戸惑いに揺れた。

「責めないのか」

「責めて欲しいのなら、そういう演技も出来るけど。やる?」

「いや、いい」

 雅弥は即座に首を振ってから、

「……"次"と言うが、俺としては、アンタにはさっさと厄介事から手を引いてもらいたい」

「それってもしかして、お葉都ちゃんのことも含んでる? それならちょっと、約束は出来ないなあ」

「わかっている。だから面倒なんだ、アンタは」

 隠す気など微塵もない、大きなため息。
 うんうん、いつもの雅弥だ。
 私は「ごめんね、面倒で」と肩を竦めてみせてから、再びフォークを手に取った。
 面倒だ、やめろと言いつつも、本気で妨害してこないのだから、雅弥はなんだかんだ面倒見がいいと思う。

(とはいえ、まさかあんなに一方的になるなんて……)

 キックボクシングでも始めたほうがいいかなあと思案しながら、チーズケーキをひとくち。
 ハプニングまみれの幼少期だったこともあって、両親から護衛術はあらかた叩き込まれている。

 実際、大の男相手にそれで切り抜けた経験もあるのだけど……。
 あの時の高倉さんは、びくともしなかった。