(さあて、どうしよっかなあ……)

 もう一度会うなんて、絶対に嫌。
 どんなに懇願されても、首を縦にふるもんか。

(相手を怒らせず、かつ確固たる拒絶を示せる言葉、ねえ……)

 ああでもないこうでもないと思考を巡らせていると、いつまでもいい返事をしない私に痺れを切らしたのか、部長は掌を返したように不貞腐れた顔をして、「……だいだいねえ」と頬杖をついた。

「柊くん、もう二十九だろう? ここで決めておかないと、本当に貰い手がいなくなってしまうよ?」

「……はい?」

「確かにね、キミはとんでもなく美人だ。けどね、いくら美人だろうと、三十を過ぎたらねえ? 大体、今だって恋人すらいないんだろう? なら、充分にいい話じゃないか。息子は三十五だし、年齢的にも丁度いいだろう? 金だってある。いつまでも理想ばかり追いかけていたって、白馬の王子様なんて一生現れないさ。もっと現実を見るべきじゃないかい?」

 なに、その、まるでキミの為だとでも言わんばかりの態度。
 女は結婚が、年齢が全てだとでも?
 恋人がいなければ、白馬の王子様を夢見てる……?

(……あ、駄目だ)

 必死に抑え込んでいた憤怒が、勢いよくリミッターを弾き飛ばす。

「……部長、気が変わりました」

「おっ! そうか、キミならきっと分かってくれると――」

「私は人生において結婚やら恋人やらを特別重要視していませんし、二十九だの三十だの、年齢における評価も今時ナンセンスだと思っています。残念ですが、部長のお話には何一つ共感できません」

「な! キミ、失礼な……っ!」

「失礼なのはどちらですか? 商談だと嘘をついてまでご自分の愚息とお見合いをさせたあげく、こちらはお断りしているのにまた会えだなんて。セクハラにパワハラで訴えますよ?」

「なっ!? どこがっ、私は、キミのためを思って……!」

「あくまで"私のため"だとおっしゃるのでしたら、二度と私のプライベートに触れないでください。約束してくださるのでしたら、今回の件は水に流しますから。いいですか、"今回"だけです。次は人事にでも弁護士にでも、しかるべき処置をとらせて頂きますから」

 絶句の表情で固まる部長。私は「お話は以上ですか? それなら、仕事に戻りますので」と立ち上がる。
 きちんと椅子を戻して、扉のノブへと手を掛けた刹那。

「……そんな風に化粧だの服だの身なりに金をかけておいて、男に興味がないだなんて嘘がよく言えるな」

 呻くような嫌味。
 ううん、負け惜しみって言った方がしっくりくるような。