お葉都ちゃんが「さあ、どうぞ」と案内してくれたのは、すっかりお馴染みとなってしまった座敷の間。
 ありがとう、と上り口から覗き込んだ刹那、私は思わず頭を垂れた。

「……いたんならさあ、ちょっとは助けてくれたっていいじゃない」

 ここならば、出入口付近での攻防も聞こえていたでしょうに。
 恨めしく思いながらジト目を向けるも、雅弥は涼しい顔のまま手にした本から目も上げず、

「頼まれなかったからな」

 ……ええ、そうですね。名指しでお願いしなかった私が悪うございました!

(って、そもそも雅弥に期待するだけ無駄か……)

 靴を脱いで上がり、対面の席で膝を折る。
 ここ最近、すっかり定番化してしまった位置。

「カグラ様のお手伝いをして参ります」と会釈したお葉都ちゃんを振り返りながら見送って、再び顔を戻す。と、ちろりと上げられた視線とぶつかった。

「……約束通り、診てもらったようだな」

「ええ、ちゃんと行ってきたわよ。喉の痛みもないし、現状問題なし。首の跡も、暫くしたら消えるだろうって」

「……そうか」

 再び本へと視線が戻る。
 問題ないのなら興味ない、という素っ気ない態度が、先ほどひと悶着あった身としてはなんだか妙にありがたい。

(……そういえば、まだお礼言ってなかった)

 助けてもらったのもそうだし、家まで送ってくれたのも、そう。
 あの夜は思っていたよりも気が動転していたようで、玄関先で告げられた『じゃあな。さっさと寝ろ』と指示めいた物言いに、頷くだけで帰してしまった。

「あの、さ……」

 ためらいがちに口を開いた、その時。

「彩愛様あああああ!」

 轟いた悲鳴と、駆けてくる足音。
 跳ね上がる勢いで「なになにっ!?」と振り返ると、上り口に息を切らした涙目の渉さんが現れた。

「あ、あああ彩愛様っ! いまカグラさんに聞きまして、首をお怪我されたとか……本当に、あああどうしましょうか! あ、そうでした今すぐに布団の準備を……!」

「渉さんも落ち着いて! 大丈夫ですから! ピンピンしてますから!」

「ですが万が一という可能性も」

「ちゃんと診断受けてきました! 問題なしです!」

 バッチリ! と親指を立てて頷いて見せるも、渉さんはへにょりと眉尻を下げて、

「しかし……本当にお部屋を用意せずともよろしいのですか、雅弥様」

「……本人が問題ないと言っているんだ。放っておけ」

 よし! 雅弥、ナイスフォロー!
 これで渉さんも沈静化すると思いきや、カグラちゃんとお葉都ちゃんがそれぞれお盆とメニュー表を手に戻ってきて、

「お待たせ彩愛ちゃん! さ、これでお話できるね!」

「どうか、可能な限り、真実をお話くださいませ」

「あの、彩愛様。俺もこのままでは仕事に手が付きません。出来ることは何でもしますので、この場に留まらせて頂けませんでしょうか」

 詰め寄るようにして向けられた、三人の面。
 うん、圧が。圧が強い。
 店に他のお客様はいないし、雅弥は知らん顔で我関せずを貫いている。
 なら、いっか。聞こえているのに駄目だと言わないのなら、容認しているも同然でしょ。

 私は「……そうね」と腹を括り、

「三人とも座って。下手な説明でも、許してよ」