恋しい『忘れ傘』の扉を開いた途端、私の姿に気づいたお葉都ちゃんが一目散に駆け寄ってきた。

「い、一体どうされたのですか彩愛様、その首……っ!」

 揃えた両の指先を口元にやり、わなわなと肩を震わせ絶句するお葉都ちゃんに、私はへらりと曖昧な笑みを浮かべた。
 病院帰りなこともあって、私の首には白い包帯がぐるりとまかれている。
 とはいえ、ストールでうまく隠していたつもりだったのだけど……。

「こうも簡単にバレちゃうとは……私のコーデ(りょく)もまだまだ未熟ね」

 月曜までにもっと研究しなきゃ。
 そう意気込んだのもつかの間、続けて現れたカグラちゃんが「彩愛ちゃーん! 心配したんだよおー!」と抱き着いてきた。

「ええと、こんにちは二人とも。なんだか久しぶりな感じ!」

「ご挨拶を交わしている場合ではございません、彩愛様! その痛ましいお首はもしや、あの嫉妬の気を寄こしてした女の所業では……っ! お任せください彩愛様。ここは私めが彩愛様のご無念を果たしに……!」

「どうどうお葉都ちゃん。ご無念って私まだ生きてるし、普通に元気だから! それに、人間に危害を加えたら駄目なんでしょ? 下手なことしたら、今度こそ雅弥に斬られちゃうかもだし……」

「幸運にも救って頂いたこの命。彩愛様の為に尽きるというのであれば、本望にございます!」

「ええーちょっとホント落ち着いてって! カグラちゃんも一緒に止めてー!」

 店から飛び出す勢いのお葉都ちゃんの腰に抱き着き、カグラちゃんに助けを求める。
 けれどカグラちゃんはコテリと小首を傾げ、

「でもでも、大事な大事な彩愛ちゃんを傷つけられて、ボクもオコだからなあ」

 いやまあ二人とも、私のために怒ってくれるのは嬉しいんだけども!

「だめだめー! 私はまだまだお葉都ちゃんともカグラちゃんとも、楽しくお喋りしたりお茶したりしたいんだからー!」

 さすがはあやかしと言うべきか、力が強い。
 じりじりと引きずられながらも必死に「お願いお葉都ちゃん! 私のためにここにいて!」と懇願すると、やっとのことでお葉都ちゃんは歩を止めてくれた。

「……彩愛様が、そうおっしゃるのでしたら」

 私に向いた(おもて)は、どことなく残念そうにも、嬉しそうにも思える。
 ともかく、これでお葉都ちゃんが雅弥に斬られることはなくなった。
 安堵の息を零した私の両手を、お葉都ちゃんが「ですが……」とそっと握った。