「だあああ、イキナリんな小難しいこと言われたって……ちょっと待ていま整理すっから」

 頭を抱えた新垣さんが、ぶつぶつと雅弥の言葉を繰り返す。
 ほどなくして頭を掻き、

「んあー、あんまやりたかねえけど、しょうがねえなぁ。ともかく、彩愛さんはなんか適当に理由つけて病院で診て貰えよ。後から実はヤバかったなんてなったら、いいように言いくるめられて見逃した自分を恨むからよ」

「言いくるめられているという自覚はあるんだな」

「おまっ、まじ俺のこと馬鹿にしすぎだろ? おめーみてえなガキと違って、俺は大人なんだよ」

 よっこらせ、と立ち上がった新垣さんが、親指を立てて歯を見せる。
 おお、清々しいドヤ顔なんて、久しぶりにみた。
 その眩さに胸中で目を細めながら、私は「ありがとうございます」と頭を下げた。

「病院には、必ず行ってきます。ですからその……この人のこと、よろしくお願いします」

「ん、任された。やっぱ知り合い?」

「……会社の、上司で」

「なるほどな。したら、このハンカチはどうする? 今のうちに彩愛さんが自分で回収するか、救急車が到着する直前に俺が回収しとくかだけど」

「……少しでも"顔"を守ってあげたいので、お願いしてもいいですか?」

「ん、了解。んじゃあせいぜい、この調子で雅弥を抑えて、俺の面倒事を少しでも減らしてくれよ」

 そう言うと新垣さんはズボンのポケットを漁り、「あぶね、まじスマホだけでも持って来てよかったわ」と取り出した。

「……いくぞ」

 雅弥が私の横を通り、促す。

「俺達はもう、ここに居るべきじゃない」

 うん、そうだ。誰かに見つかってしまったら、せっかくの新垣さんの好意を、潰すことになる。
 私は慌てて鞄に駆け寄り、肩にかけた。私物が路地に落ちていないかざっと見渡して、歩き出した雅弥の背を追いかける。

 新垣さんは、さっそくと救急車を要請してくれているらしい。
 先ほどまでとは違い、どこか業務的な声に顔を向けると、私の視線に気付いた新垣さんは片手を上げ、唇だけを「きをつけてな」と動かした。

 すみません、よろしくお願いします。
 そんな気持ちを込めて私は会釈を返し、いまだ伏せたままの高倉さんを見遣る。

(……あれだけねちっこいんだもの。どうせすぐに戻ってくるんでしょ)

 どこか願うような心地で高圧的な彼女の姿を思い描き、暗がりを行く雅弥の背を追いかけた。