男性は今さっきまで自室で寛いでいたのか、ゆとりのあるトレーナーとズボン姿だ。
 足物のスニーカーがなんだかちぐはぐで、きっと、そのまま飛び出してきたんだろうなと思わせる。

「大声で喚いていたら、近所迷惑だぞ」

 冷静に告げる雅弥の眼前で、男性が急停止した。
 背はここにいる誰よりも高い。
 それに、さぞかし鍛えられているんだろうなと感じさせる、肩幅をしている。

 男性は自身の失態を恥じているのか、必死に酸素をとりこもうとしているのか。
 どちらなのかわらかないけど、何か言いたげに口を何度もハクハクと動かし、それからやっとのことで私と高倉さんの存在に気が付いた。

「あ゛?」

 ドスの効いた声に、刃のように鋭い眼光。
 思わず「ひえ」と肩を縮めてしまったけど、男性は数秒して「あ、なんだ悪い」と剣呑さを解き、

「あんた、人間か。こいつ絡みだからてっきり"違え方"かと思った」

 "人間"。"違う方"って……。

「もしかして、見えるんですか?」

「あ? あーまあ、見えるっちゃあ見えっけど、信じてねえから、俺は」

「……はい?」

 ん? 見えるけれど信じていない?
 謎の宣言に思わず聞き返してしまうと、男性は「つまりな」と腕を組み、

「目の前に俺にだけ見えるリンゴがあったとして、それを俺が見えないモノとすれば、それは"ない"と同じだろ? おまけにそのリンゴだって、本当はそこに無いのかもしれねえ。俺にだけ見える"幻覚"ってやつだな。だから俺は見えるけど、コイツの言うあやかしやらなんやらっちゅーのは信じねえの」

「はあ……」

「つまり、馬鹿だってことだ」

「あんだと雅弥!? てめえ、誰のおかげで未だにしょっぴかれることなく、怪しさ満点の"祓い屋"なんて続けられてると思ってんだ!」

「うるさい。住民に通報されるぞ。いいのか? 刑事のくせに」

「け、刑事!?」

 思わず声を上げた私に、その男性は焦ったように「しー! しー!」と人差し指を立てる。
 あ、本当に刑事さんなんだ。
 自身の口を両手を覆い声を収めた私に、男性は「あー」と頭を掻いた。

「俺は新垣壮真(にいがきそうま)だ。まだまだ下っ端だけど、一応ちゃんと刑事。こいつの"狐"が何の準備もなく引っ張り出しやがったから、今は証明できるもんないけどな。おねーさんは? "見える"のかって聞いてきたぐらいだし、雅弥の知り合いか?」