(……手遅れになる前、かあ)

 なんとか心を回復させながら、私は視線をちらりと流した。
 高倉さんは、まだ目覚めない。
 気が付いたなら、即座に「ちょっと! なんで私が道路なんかに寝てるのよ!」と跳ね起きそうだけど、なんとなくその姿が見れるのは、もう少し先のような気がする。

「…………」

 私は再び鞄を開け、四つ折りにしていたタオルハンカチを手に取った。
 高倉さんに歩み寄り、両膝をついて、その顔を慎重に上げてからアスファルトとの間にタオルハンカチを敷く。

「……ごめんね、高倉さん」

 雅弥が不可解そうに眉根を寄せた。

「なぜ謝る。その女はアンタを殺そうとしたんだぞ。もう忘れたというのなら、そこに落ちてる鏡で首を見てみろ」

「首って……ええー、跡になってるの……? 会社あるのに、どうやって誤魔化そう」

 そういう性癖だと思われるのはゴメンだし、かといって首元にグルグル包帯を巻くのもちょっと……あらぬ誤解を受けそうで。

(しばらくはハイネックと、ストールコーデかな)

 そうと決まれば、いい感じの服を買い足しに行かなきゃ。ううん、見られたら困るんだから、ネットの方がいいかな。
 どちらにしろ、なんとかなるでしょと頷いて、私は高倉さんに視線を落とす。

「だって、高倉さんがこうなっちゃの、私のせいだから」

「……おかしなことを言うな」

 雅弥はますますわからないと顔をしかめる。
 私は苦笑を浮かべて、

「私がさ、さっさと雅弥に伝えていたら、もっと早くにあの"念"とかいうのを祓ってくれてたんでしょ?」

「……それは、そうだが」

「そうすれば、高倉さんはそれだけ早くに救って貰えてたワケだし。私がもたもたしてたから、高倉さんを余計に苦しめて……私を、襲わせちゃった。だから今回の事件は、私の責任」

「……それは結果論に過ぎない。そもそもアンタに"念"が見えていなければ、結局は今と同じ末路を辿っていた」

「でも私には見えてた。日に日にアレが大きくなっているのも、気付いていた。知ってことを、知らなかったとは言えないよ」

 そうだ。結局のところ私は、本気で何とかしようと思っていなかった。
 風邪を引いたと嘘をついて、会社を休んで『忘れ傘』に行くことだって出来た。体調が悪いと、早退することだって。

 今日までどれ一つとせず、仕事を優先させていたのは、心のどこかで後回しにしていたから。
 目の前で高倉さんが、どんどん壊れていっているのに。
 "自分には関係ない"って、そう思っていた証拠。