雅弥は微かに片眉を上げ、

「……あの時から、既に見えていたのか」

「え? もしかして、見えちゃ駄目だった?」

「良し悪しじゃない。見えるのなら、見える者としての心得を叩き込んでおくべきだった」

 悔いるように細められた目。
 けれどその瞳には、確実な憤怒がチラついていている。

(あれ? これはもしかして、私も悪い的な流れだったりして……?)

「これの"念"は、いつから見えていた」

「ひえ……」

 威圧感たっぷりに見下ろしてくる双眸に、思わずひるんだ声が出る。
 けれども雅弥はますます眼光を鋭くして、

「いつだ。見えてなかったとは言わせないからな」

「ええと……月曜日の、朝から……」

「なんだと? なぜ今日まで放置していた」

「だって、そもそも何なのかも知らなかったし、こんなことになるだなんて……」

「違う、そうじゃない」

 痺れを切らした声が遮る。
 雅弥は苛立ち交じりに片膝を路地につくと、ぐいと私に顔を寄せ、

「たとえ"アレ"の正体がわかっていなくとも、アンタは俺の管轄だと感じ取っていたはずだ。どうして黙っていた。そんなに俺は信用ならないか。俺を嫌うのは構わない。だがな、自分の身を守る為には時として割り切ることも――」

「え、ちょ、ちょっとまって雅弥ストップ!」

 膝の上で拳を作る掌を、咄嗟に両手で握りしめる。
 驚愕に言葉を飲み込んだ雅弥の、困惑の浮かぶ瞳を覗き込み、

「その、今日まで伸び伸びになっちゃっててごめん。それは本当に私が悪かったと思うし、助けてもらうような事態になっちゃって申し訳ないなってホント反省している。けど、断じて雅弥を嫌いだから言わなかったとかじゃないから! 勝手に決めつけて暴走しないでよ」

「っ、だが、他に理由など」

「いやいやだって、私、雅弥の連絡先知らないし! カグラちゃんはスマホ持ってないし、かといって渉さんを伝言係にするのも違うでしょ? だから直接お店に相談しに行こうと思って必死に仕事してたけど、『忘れ傘』の閉店に間に合うような時間に終わらなくて……。だから伝えにいけなかったの! 誓って"言わなかった"んじゃないから!」

 うう、わかってはいたけども、『自分が無能でした』とわざわざ言葉にするのは精神的にくるものがある。
 けれど今はそんなプライドに拘っている場合じゃない。

 だって私が雅弥を嫌っているだなんて、そんな妙な誤解をされたままじゃ……。