ぎりりと喉に食い込む、十の指。どんなに暴れても、彼女の身体は微動だにしない。
 切れ切れの呼吸さえ阻まれ、意識が朦朧としていく。

(――あ、駄目かも)

 本能的に限界を悟った、その瞬間。

「――"薄紫"」

 低く圧を纏う声と共に、吹き飛んだ重み。
 解放と同時に大きく息を吸いこんだ私は、それまでを取り返すようにして、繰り返し酸素を取り込んだ。

 あまりに必死すぎたのか、今度はゲホゲホと激しくむせ込んでしまう。
 身体がだるい。
 アスファルトに手を付き、なんとか起こした上体の更に上から、苛立ち交じりの声が降ってきた。

「あの時、大人しくカグラに頼んでおけば良かったものを」

「っ、まさや」

 うまく力の入らない首を動かし、顔を上げる。私を見下ろしていたのは、不機嫌をありありと浮かべた仏頂面。
 ああ、うん。間違いない。雅弥だ。
 私は吹き出た安堵に顔を歪めて、

「た、すかった……。ありがと……」

 どうしてここにいるのかとか、いまはどうでもいい。
 それよりも、この状況下において一番に頼れる存在が目の前に在ることが、何よりも心強かった。
 雅弥は得意げに鼻でも鳴らすのかと思いきや、意外にも、うろたえたような顔をして、

「……説教は後だ。それにまだ、何も終わっていない」

 鋭い視線が、促すようにして前方を向く。
 つられて視線の先を追うと、数メートル先の街頭下には、うつ伏せに倒れこんだ高倉さんの姿。

「ちょ、ちょっと雅弥! 高倉さんは人間なんだけど! いくら私を助けるためとはいえ、あんなトコまで吹っ飛ばしたら大怪我もいいトコ――」

「アレはもう、ただの人間じゃない。見ろ」

 途端、高倉さんがひたりと地に手をつき、鈍くも思える動きで立ち上がった。
 が、痛みに呻くことも、傷ついているはずの身体を気にする素振りもない。

(わあー……なんか、ゾンビ映画みたい)

 って、そうじゃない。

「ねえ、ただの人間じゃないって――」

 刹那、直立不動で佇む高倉さんが、にたりと気味の悪い笑みを貼り付けた。

「駄目じゃない。邪魔したら」

「――っ!」

 ぞくり、と。瞬時に悪寒が背をかけ上がる。
 なに、これ。高倉さんなのに、高倉さんじゃない。

「っ、高倉さん」

「無駄だ。おそらく今のアレには、ヒトとしての理性も感情もない。あるのは"念"に増幅された、アンタを"排除"するという目的だけだ」

「"念"? それってもしかして、あの黒い靄のことだったり……?」

「……なんだと?」

 驚愕に、黒い双眸が見開く。