そう口を開きかけた刹那、

「はーいそれじゃあ、いいかげん渉は厨房に戻ってお仕事ね! 全部出しっぱなしで飛んできたんだから」

 カグラちゃんがパンパンと手を叩くと、渉さんは「ああ!」と思い出したような声をあげた。

「そうでした……。とにかくご挨拶をと夢中で」

 残念そうに眉尻を下げて、和帽子を持つ手を胸に当てる。

「それでは皆様、ごゆっくりお寛ぎくださいね。雅弥様も、ご入用でしたらいつでもお呼びください」

 視線を本に向けたまま、「……ああ」呟く雅弥。
 渉さんは気を悪くするどころか満面の笑みで頷いて、「では」と頭を下げると厨房に戻っていった。

 なんというか、すごくいい人なんだと思う。
 とはいえ、どうにも雇用主と従業員というレベルを超えた忠誠心のような……。

「もしかして渉さん、雅弥になんか弱みを握られてたり……?」

 不信感マシマシで尋ねた私に、カグラちゃんがくすくす笑う。

「弱みってほどではないけれど、このお店はね、雅弥が渉を拾ってから始めたんだ。三年くらい前だったかな?」

「へ?」

 私は心の中で一度、カグラちゃんの言葉を繰り返して、

「拾ったって……渉さん、人間でしょう?」

 思わず雅弥を見遣ると、一瞬だけ視線が合い、

「……人間だって、住む場も引き取り手もいなければ、捨てられているのと一緒だろ」

 つまり、住む家も身寄りもない渉さんを連れてきて、この店という"居場所"を与えたってこと?

(なんだか繊細な話題っぽいし、あまり詮索しないほうが良さそう……)

 渉さんとしては、知られたくない過去かもしれないし。
 そう判断した私は「そう」とだけで会話を打ち切り、お葉都ちゃんに視線を投げた。

「お葉都ちゃん、どう? 注文決まった?」

 すると、ぼんやりとしていたのか、お葉都ちゃんはハッとしたような素振りをして、

「あ……申し訳ありません。すぐに決めます」

「ん? 急がなくても大丈夫だけど……どうかした?」

「あ、の。その……」

 お葉都ちゃんは数秒のためらいを挟んでから、

「……彩愛様。私がまだ"化け術"の師匠すら探せていないと告げたこと、覚えてらっしゃいますか?」

「もちろん。まずは"顔"を決めようとしてたのよね?」

「ええ。その……これは完全なる私の我儘なのですが、叶うのならばその"師"もまた私の想いを汲んでくださり、"顔"に対する造形の美しさに一定のこだわりを持っていらっしゃるお方をと、以前より考えておりまして……」

「うんうん、念願の"顔"を作るのだから、至極まっとうな要望だと思うわ」