「渉でいいですよ。ああ、カグラさんから聞いたんですね。俺は人間です。ちなみに雅弥様や彩愛様とは違い、あやかしも全く見えません。昔から、好かれはするらしいんですけどね」

 苦笑交じりに頬を掻く渉さんに「え? 一度も?」と尋ねると、

「ええ、そうなんですよね。あやかし関連の騒動は何度か経験しているのですが、カグラさんみたいに人間に化けていてくれないと、全然見えないんです。お恥ずかしながら、ホラーとか苦手なタチなので、逆によかったのかもしれないですけど」

 そう、肩を竦めた渉さんの背後。

「渉のそれは、一種の才能だからねえ」

 食器の乗るお盆を持って現れたカグラちゃんの隣で、薄い紫色の着物を纏ったお葉都ちゃんが「お招きありがとうございます。彩愛様、雅弥様」と頭を下げた。

「わ、お葉都ちゃん! 昨日ぶりー!」

 思わず立ち上がり駆け寄った私は、お葉都ちゃんの手を取る。

「よかったー、来てくれて!」

「本当にお呼びいただきまして、なんとお礼を申し上げていいやら……」

「え? それってまさか、お葉都ちゃんまで私を疑ってたってこと……?」

「いいえ。厚かましくも、必ずお呼び頂けると信じておりました。ですのでいつお呼ばれされても向えるよう、朝から気に入りの服を着て待っておりましたが……こんなにも一分一秒が待ち遠しく思えたのは、随分と久しぶりです」

 ふふっと、はにかんだように首を傾けたお葉都ちゃん。
 気に入りというお着物は、とても綺麗な藤色をしていて、お葉都ちゃんの白い肌がより艶やかに見える。

(あ、そういえば)

 薄い紫色といえば、雅弥はあの万年筆を刀に変えるとき、"薄紫"と言っていた。
 刀の名前……なのかな。
 見えていないだけで、きっと今も、どこかに隠し持っているのだろうけど……。

(でもま、今はあの不思議な刀のことよりも)

 思考を目の前のお葉都ちゃんとの再会に戻した私は、「座って座ってー!」と促して、少しだけ考えてから座席を雅弥の対面に変えた。
 私の自己満足だけど、お葉都ちゃんが雅弥の対面に座るには、居心地が悪いだろうと考えたから。

 お葉都ちゃんがしずしずと下駄を脱いでいるうちに、私の移動に気づいたカグラちゃんが、さっと私のいた机を拭いてくれる。
 ごめんね、とこっそり口にすると、ううんとカグラちゃん。
 すると、終始無言で真剣に目を凝らしていた渉さんが、

「うう、やっぱり見えないですね……」

 無念そうに呟き、がくりと肩を落とす。